ジョン・スペンサーは何度でもロックを蘇らせる 90年代の革命と初期衝動を貫く現在地

 
新バンドで実践された「原点回帰」

ヒット・メイカーズ結成には布石がある。まず、2017年に公開された映画『ベイビー・ドライバー』の銀行襲撃シーンで「Bellbottoms」がフルで使用されて話題を呼んだ。この曲とアクションをシンクロさせる、というアイデアは、監督のエドガー・ライトが初めて『Orange』を聴いた時に思い浮かび、いつか実現したいと温めていたという。映画公開時にはJSBXは事実上解散していたが、彼らの名前は若い世代にも広まった。



そんななか、ジョンは2018年に初めてのソロ・アルバム『Spencer Sings The Hits』をリリースする。レコーディングをサポートしたのは、M.ソード(Dr)とサム・クームズ(Key)。JSBXと同じトリオ編成だ。ソードはジョンがJSBXのレコーディングをするるためにミシガンに赴いた時に見つけた若手。そして、サムはUSインディー界のベテラン・バンド、クアージ(Quasi)のメンバーで、エリオット・スミス、スリーター・キニー、ビルト・トゥ・スペルなど様々な作品に参加してきた。ジョンとは同い年で音楽体験も近い。

そして、アルバムを無事完成させてツアーに出ることになった時、ジョンはもう一人、助っ人を頼んだ。それがなんとボブ・バート。ボブはプッシー・ガロア解散後、ビーウィッチト、クローム・クランクなど様々なバンドでプレイする傍ら、音楽ライターとしても活動していた。この4人でツアーを回っているうちに、ジョンは「やっぱりバンドはいい!」と実感。ツアー中にバンドを「ヒット・メイカーズ」と命名する。つまり、『Spencer Get It Lit』は『Spencer Sings The Hits』の延長上にあり、ジョンは今作を「三部作の2作目」として考えているらしい。アートワークのデザインが似た雰囲気なのもそのせいだろう。


ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズ(Photo by Bob Coscarelli)

当初、レコーディングは2020年春を予定していたが、パンデミックの影響で中止となり。2021年夏に前作と同じくミシガンにあるスタジオ、キー・クラブで行われた。ライヴ感が大切なバンドだけにリモートでレコーディングするのは難しかったのだろう。幸いなことに、その時期、コロナの感染者数が落ち着き、バンド・メンバーは全員ワクチンを接種。それぞれ車でミシガンに向かう、という感染対策をしっかりしたうえでスタジオに集結して、1週間かけてレコーディングを行った。メンバーは前作とほぼ同じとはいえ、ソロとして制作に入るのと、バンドとして入るのでは大きく違う。どちらもジョンが一人で曲を書いてはいるが、今回はレコーディング前にデモ音源をメンバーに渡して、現場でそれぞれがアイデアを出し合った。そうしたアプローチはJSBXと同じで、その結果、『Spencer Get It Lit』は『Spencer Sings The Hits』とは違ったサウンドに仕上がった。




『Spencer Sings The Hits』は初期JSBXを思わせるパンク・ブルースで、どんな風にJSBXのレガシーを受け継いでいくのか、ジョンが模索しているようでもあった。それに対して『Spencer Get It Lit』はプッシー・ガロアの頃までさかのぼってバンドのダイナミズムを取り戻そうとしているようだ。そう感じさせるのは、ボブ・バートが様々な廃品を使って演奏するメタル・パーカッションが活躍しているから。そして、ギターやパーカッションに負けないほどサウンド面で大きな役割を担っているのが、サムの演奏するキーボードだ。ハモンド・オルガンのようにファンキーなグルーヴを生み出しながら、その荒々しいエレクトロニックな音色はポスト・パンク/ニュー・ウェイヴに通じる感触がある。

バンドはレコーディング中にディーヴォのアルバムをよく聴いていたらしい。ディーヴォはアメリカのニュー・ウェイヴを代表するバンドで、パンクとテクノを融合させた特異なサウンドでデヴィッド・ボウイやニール・ヤングに刺激を与えた。『Spencer Get It Lit』のギクシャクしたリズムと力強いビート。そして、ダーティなシンセとギターの絡みには、ディーヴォからの影響を聴き取ることができる。ジョン、サム、ボブは、10代の頃にニュー・ウェイヴをリアルタイムで体験している世代で、彼らはその時に受けた衝撃を呼び覚まし、自分たちのサウンドに昇華。ロックに目覚めた時の初期衝動をエンジンにして、フルスロットルで暴走する。




ジョンのシャウトとギター。サムのキーボード。ボブのパーカッション。それぞれが強烈な個性を発揮して、激しく火花を散らしながら絶妙のアンサンブルを構築。そこにインディー・シーンを生き抜いてきた彼らのしぶとさ、アーティストとしての底力がビシビシと伝わってくる。そんななか、ソードは堅実なプレイでバンドを支えている。インディー界のツワモノたちのセッションに加わるのは大変だったと思うが、ジョンはその難しい役割をしっかりと果たしてくれた。

しかし、ソードは本作を最後にバンドを離れることになり、アルバムのリリース・ツアーではクアージのジェネット・ワイスがドラムを叩く予定だとか。つまり、プッシー・ガロア+クアージという最強の構成になるわけで、ヒット・メイカーズの今後に期待せずにはいられない。ともあれ、まずは『Spencer Get It Lit』という会心の一枚を生み出して、新たな出発を飾ったジョンと仲間たちに心からエールを送りたい。お楽しみはこれからだ。




ジョン・スペンサー・アンド・ザ・ヒット・メイカーズ
『Spencer Gets It Lit』
発売中(リリース日:2022年4月1日)
配信リンク:https://SonyMusicJapan.lnk.to/JonS_SGL 

〈収録曲〉
1. Junk Man
2. Get It Right No
3. Death Ray
4. The Worst Facts
5. Primary Baby
6. Worm Town
7. Bruise
8. Layabout Trap
9. Push Comes To Shove
10. My Hit Parade
11. Rotting Money
12. Strike 3
13. Get Up & Do It
14. Germ Vs. Jerk
15. The Devil’s Ice Age
16. Wilderness (Live) 

17. Fake (Live)
18. Time 2 Be Bad (Live)
19. Tough Times In Plastic Land (Live) 

20. New Breed (Live) 

21. Hornet (Live) 

22. Can
t Polish A Turd (Live) 
※日本盤ボーナストラック



 
 
 
 

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