フォンテインズD.C.『Skinty Fia』全曲解説 フロントマンが明かす「進化」と「苦悩」

フォンテインズD.C.のグリアン・チャッテン(Photo by Mariano Regidor/Redferns)

 
フジロック’22での来日も決定している、フォンテインズD.C.(Fontaines D.C.)の最新アルバム『Skinty Fia』がキャリア初となる全英チャート1位を獲得した。本作は世界中のメディアから絶賛され、米ローリングストーン誌も5つ星の満点評価。批評/セールスの両面で、2022年を象徴するロック・アルバムとなりそうだ。ここでは先に掲載したインタビューに続いて、フロントマンのグリアン・チャッテンによる全曲解説をお届けする。

ロンドンで暮らすアイルランド人の多くがそうであるように、グリアン・チャッテンは苛立ちを覚えている。それが彼の名前ではないと知りながら、多くの人が彼のことをPaddyと呼ぶ。IRA関連のジョークも多く、ガールフレンドとゆっくり酒を飲んでいる場で、無作法な男たちから「最高の朝でありますように!」というステレオタイプの挨拶をやってくれとせがまれたことは1度や2度ではない。中には露骨に「故郷に帰れ」と言い放つ輩もいる。

チャッテンがフロントマンを務めるフォンテインズD.C.の曲には、こういった経験の影響が当然のごとく表れるが、4月22日にリリースされた最新作『Skinyty Fia』ではその傾向がより顕著だ。「このレコードの大部分は、イングランドにおけるアイリッシュの価値観に感化されてる」。チャッテンは本作についてそう語っている。「それは形を変えて、新たな文化のようなものになりつつある」。

フォンテインズD.C.は故郷のダブリンで書き上げた2019年発表のデビュー作『Dogrel』でその名を広く知らしめ、同作はマーキュリー賞のショートリストに選出された。ガレージロック調のトラックをバックに歌詞をがなり立てる独特のスタイルで多くのファンを獲得した彼らは、混沌の中に美を生み出すザ・フォールや、スリーフォード・モッズのような最前線のアーティストとも比較されてきた。ツアーの最中に大半を書き上げ、2020年に発表された2ndアルバム『A Hero’s Death』は、本誌を含む多くのメディアから高く評価され、グラミー賞の最優秀ロックアルバム部門にノミネートされた。

チャッテンによると、『Skinty Fia』(「鹿の断罪」を意味するアイルランドの古い罵り言葉。詳細は後述)の制作は 、パンデミックの最中にメンバー全員がダブリンに戻ってきていた時に始まったという。同作のインスピレーションの1つは、チャッテンの母親がチャリティーショップで購入し、彼へのクリスマスプレゼントにしたアコーディオンだった。「どこにでもありそうなやつだよ」と彼は話す。「それから数日間家を空けたんだけど、せっかくだから滞在先にそれを持っていって、どう使うのかもよく知らないまま適当に弾いてた。その時にアルバムのアイデアが浮かんできたんだ」

アルバムの他の曲は、ロンドンにあるバンドのリハーサルスタジオで行われた真夜中のセッションから生まれた。「日中に曲を書くのって健康的だと思う。整然としていて、スムーズに進むんだよ」とチャッテンは話す。「それを敢えて夜中にやってみたら、もっと予想不可能なものができるんじゃないかと思った」

結果として生み出されたのは、アコーディオンの音色と仄暗いエレクトロニカ、90年代のオルタナロック、そしてアイルランド人としての苦悩が渾然一体となったレコードだ。1stシングルとなった不穏な「Jackie Down the Line」を含む、フォンテインズD.C.の進化を体現するアルバムの全収録曲についてチャッテンが語ってくれた。



1.「In ár gCroíthe go deo」

新聞を読んでいた時に、イングランドのコベントリーに住んでいたある老女についての記事を目にしたんだ。マーガレット・キーンっていう名前のアイルランド人女性で、生前の彼女はコベントリーで暮らしてた。彼女が亡くなった時、家族は彼女のアイルランド人としての誇りを讃える意味で、その墓標に「in ár gCroíthe go deo」という言葉を刻もうとした。大まかに言えば「あなたを決して忘れはしない」っていう意味だよ。心温まる言葉だけど、イングランドの教会はそれが政治的なスローガンだと解釈される可能性があるとして、アイルランド人の墓標にアイルランド語を刻むことを認めなかった。オチをつけたくてここまで引っ張ったけど、ショッキングなのは、それがたった2年前の出来事だってことなんだ。70年代の記録とかじゃなくてさ。パンデミックが始まったばかりの時に起きたことなんだよ。

アイルランド人としてのアイデンティティが、IRAやテロリズムなんかと結び付けて語られるのを耳にするたびに、ものすごく不快な気分になる。この記事を目にしたのは、パンデミックが始まって俺たち全員がアイルランドに戻っていた時だった。すごく嫌な考えが頭をよぎったんだよ、この国はアイルランドの人間を決して歓迎しないんじゃないかっていうね。アイルランド人は信用ならなくて危険だ、そういう偏見が今も存在している。このアルバムの大部分は、そういう経験や感情に基づいてるんだ。ここロンドンで、俺たち自身が少なからず経験したことにね。



2.「Big Shot」

アルバム中唯一、俺以外のメンバーが歌詞を書いた曲。この曲の歌詞とメインのリフを書いたのは、ギタリストの1人のカルロス(・オコネル)だ。彼なら的を射た説明ができるんだろうけど……過去数年間で俺たちはバンドとして一定の成功を収めたと思うけど、彼はその過程でエゴの肥大化や変貌と戦ってきた。この曲で描かれているのは、何が本物で何がそうじゃないかを見極めようとする中で、彼が経験した葛藤なんだ。



3.「How Cold Love Is」

愛は諸刃の剣だ。この曲がテーマにしているのは、多くの家庭に見られる依存。うちだけじゃなくてね。温もりや奨励、安全をもたらして安堵させてくれる一方で、ポケットに入ってる小銭を全部奪い取るような狡猾さも備えているもののことだよ。俺はそういうものに惹かれるんだ。

書くに値するようなことっていうのは、必ず緊張感を伴う。俺はストレートなラブソングを書くことに興味はない。いや、興味がないっていうよりも、そういう二元性や緊張感、悪意とさえとれるような物事を伴わない曲を書くのって難しいんだよ。悲劇なしに希望を描くことができないんだ。


Translated by Masaaki Yoshida

 
 
 
 

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