ポピー・アジューダが語る独学で培った個性、フェミニズム、トム・ミッシュとの共鳴

ポピー・アジューダ

 
UKジャズ・シーンの若手によるブルーノート名曲の再解釈企画『Blue Note Reimagined』には様々なカバーやリミックスが収録されていた。そのなかでも特に印象的だったのが、気鋭のシンガーソングライター、ポピー・アジューダ(Poppy Ajudha)だった。ハービー・ハンコック「Watermelon Man」を素材に原曲の余韻をギリギリ残しつつ、新たな曲を書き上げたかのような彼女の楽曲は、CoverともRemixとも違うReimagined=再解釈を体現していた。

ポピーが最初に大きな注目を浴びたのは、トム・ミッシュ「Disco Yes」だろうか。彼女の名前は覚えてなくても、あの瑞々しい歌声が記憶に残っている人は少なくないだろう。同時期にはUKジャズの旗手であるモーゼス・ボイドの「Shades of You」、同シーンの人脈も多数参加しているスウィンドルの「DARKEST HOUR」などにも参加し、新世代UKジャズ・シーンにその声を熱烈に求められてきた。ポピーは自身の作品でジョー・アーモン・ジョーンズやジェイク・ロング、オスカー・ジェロームらを起用。彼らの生演奏を活かしたサウンドは高く評価されており、ロンドンの人気ラジオ局Jazz FMのアワードを受賞したこともある。その実力はすぐさまアメリカにも届き、バラク・オバマのプレイリストに収録されたたことでも話題になった。

彼女は歌唱力が高く、ソングライティングに秀でていて、アレンジも多彩。その歌詞には政治や社会状況、人種やジェンダーに関するトピックが盛り込まれている。このパーフェクトにも思える音楽を聴けば、評価の高さにも納得せざるを得ないだろう。ここでは現時点での集大成でもあるデビュー・アルバム『THE POWER IN US』のリリースを機に、彼女のバックグラウンドを丁寧に聞き出すことに。貴重なエピソードの数々には、今日のUKシーンの豊かさを解明するヒントがたくさん詰まっている。




―両親が音楽好きだったそうですね。自宅で両親がよく流していた音楽で今も聴き続けているものは?

ポピー:本当にたくさんあって、未だに影響を受けている。例えばボブ・マーリー。私の父親はレゲエが大好きだったから家でよく流れていた。彼は世界的スターで、その音楽はある意味コマーシャル的でもあった。でも内容はすごく政治的で深かったし、強いメッセージが込められていている。そういう部分は大きなインスピレーションだったし、私の作る音楽にも影響していると思う。


ポピーと父親が音楽について語り合った動画

―両親のルーツがセントルシアにあるとのことですが、子供のころからセントルシアの音楽、もしくはカリブ海の音楽にも親しんでいたのでしょうか?

ポピー:父親のルーツがセントルシアだから、昔はカリビアン・ミュージックをよく聴いてた。あと、ジャマイカン・ミュージックも。特にイギリスの音楽は、ウィンドラッシュ世代(※)の影響もあって、かなりジャマイカの音楽にインスパイアされていると思う。私の父はナイトクラブを経営していたから、サウンドシステムの人たちと仕事をしていたこともあった。だから私はジャマイカのダンスホールやラヴァーズロックといった音楽に結構影響を受けている。セントルシアの音楽に関しては、もっと伝統的なクレオール語で歌われている音楽が家で流れていたけど、私にとってはジャマイカの音楽から受けた影響の方が大きいと思う。

※1948年~70年代初頭にかけて、当時英領だったジャマイカなど西インド諸島からイギリスにやってきた移民

―インドにもルーツがあるそうですね。

ポピー:セントルシアには労働者として移住してきたインド系移民がたくさんいて、私の先祖はその一部だった。でも私たちはあくまでセントルシア人で、インド人という意識ではないと思う。実際にインドで生活したことはないし、自分たちはカリビアンだという意識を持っている。その一方で、私は自分の家系の歴史を理解したくてインドに行ったこともあるし、シタールやタブラも学んだ。インドの音楽を学ぶことで、自分のルーツや伝統をより深く理解理解したかったから。それにインドの伝統的なボーカルも大好き、すごく美しいと思う。インドの音楽からは技術的に学びたい部分がたくさんある。

―学校などで音楽教育を受けたことはありますか?

ポピー:イギリスでは14歳~16歳の中学最後の2年間でGCSEっていう学業資格を取得するんだけど、そのときに音楽を専攻した。でも私は失読症があるから、音楽理論を理解するのはすごく大変。だから独学でギターを学ぶことにした。教科書通りにやろうとするといつもしっくりこなくて、私にとってはフィーリングで学ぶ方がずっと楽だったから。そうやって私は自分のやり方で少しずつ音楽や楽器を学んできた。それもあって音楽のことはたくさん知っているつもりだけど、それをうまく言葉で説明することができない。バンドをディレクションする時も、私のやり方は、音楽を学んできた人とは全然違うものになっていると思う(笑)。



―歌がものすごく上手いですよね。どうやって歌い方を身につけたのでしょう?

ポピー:ボーカルを学ぼうとしたことはほぼないかな。ボーカルは私にとって自分を自然に表現できる術の一つ。今はツアーに出てショーもたくさんやってるから、ちゃんと練習もウォーミングアップもするし、自分の声には気を配ってる。でも以前はボーカルを練習したこともなければ、より良い声を出すために何かしようとしたことは一度もなかった。

―すごい(笑)。楽器はどうですか?

ポピー:ギターや他の楽器、プロダクションに関してはたくさん勉強してきた。それらを学ぶことで、自分が作りたい音楽を作れるようになったし、他のアーティストとのコラボもできるようになっていった。自分にとって、楽器やプロダクションを勉強することは、頭の中にある音楽とより上手くコミュニケーションをとるために必要なことだったと思う。だから、すごく時間をかけてきた。

―ギターを始めたのは?

ポピー:13歳のとき、親に泣きながらギターをおねだりしたら、従兄弟のおさがりのエレキを手に入れることができた。誰もアンプを買ってくれなかったから音は出せなかったけど(笑)。

そこから、パワフルな女性アーティストの音楽にハマりだした。例えばピンク、アヴリル・ラヴィーン、ブリトニー・スピアーズ。彼女たちの影響は大きかった。それぞれ違うスタイルを持っているけど、自分たちの理想に向かって突き進んでいるところに惹かれた。当時はポップスターになることを夢見ていていたから、自分にとって曲を書いたり楽器を演奏するのは自然なことだった。

その後は、自分自身を表現するための手段として曲を書くようになった。ソングライティングは、私にとってセラピーみたいな存在だと思う。

Translated by Miho Haraguchi

 
 
 
 

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