田中宗一郎×小林祥晴「2022年初頭ポップ音楽総括:開戦前夜に優れたアーティストたちは何をどう表現していたのか?」

NFLスーパーボウルのハーフタイムショー(Photo by Robert Gauthier / Los Angeles Times via Getty Images)

音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2022年3月25日発売号の誌面に掲載された田中宗一郎と小林祥晴による対談記事。テーマは2022年1stクォーターの音楽シーン総括だ。

ポップミュージックにおける様々な動向は必ずと言っていいほど、社会全体の変化に先んじる場合が多い。つまり、極言すれば、世界各地の最新のポップ音楽の動向を追っていさえすれば、現時点における社会が抱える歪みや解決すべき問題、あるいは、それを乗り越えるためのアイデアや機会を見出すことさえ可能だ。今回は「アート」と「産業」が互いに影響を与え合いながらもそれが引き起こす摩擦が何をもたらすか? について考えた。ぜひPOP RULES THE WORLDが選んだ「2022年1stクォーターに聴いておきたい70曲」のプレイリストと併せて楽しんでもらいたい。

●POP RULES THE WORLD「2022年1stクォーターに聴いておきたい70曲」


・モザイク状に入り組んだ現実の複雑さ、そこに目を向けることの重要性

小林 今回は2022年の1stクォーター総括がテーマですが、この対談収録はウクライナ侵攻が始まって二週間というタイミング。「そもそも音楽の話なんてしてていいの?」っていうのは、誰もが頭をよぎることですよね。

田中 前回の対談で、年間の総括をそっちのけで世界情勢が今までになく不安定になっているっていう話をしてたら、それからわずか数ヶ月でウクライナへの軍事侵攻が起こった。杞憂は杞憂のままでいて欲しかったのに。

小林 年明けから「ずっとウクライナとミャンマーのことしか考えてない」って言ってましたからね。

田中 この前、珍しく地上波なんて見てたら、ニュースキャスターがプーチンに対してだけじゃなくて、ロシアに対しても感情的に憤りを表明してて。でも、戦争が起こった理由はもっと複雑なわけじゃない? NATOやアメリカにだって原因がある。しかも、戦争を止めること、これ以上犠牲者を増やさないことが何よりも重要なんだけど、戦争反対って言葉さえも政治利用されつつある。特に、ああいうキャスターのエモーショナルな語りを見ると、アメリカの属国である日本に暮らす身としては「情報操作?」みたいな気分になっちゃう。

小林 2010年代は善と悪、敵と味方の二項対立によって世界中で様々な衝突が起こってきた。その反省として、物事はそんな綺麗に二つに分けられるはずがないんだから両極の間に広がるグラデーションを見ていきましょう、善と悪が背中合わせである複雑さに目を向けましょう、という意見が世の中でそれなりに共有されるようになったと思ってたんです。でも、いざ今回のような軍事侵攻が起こると、プーチンとロシアが悪、ウクライナやアメリカやNATOが善という前提に立ち、そこに最初から何の疑いを持たないような見方が案外多いことには少なからず驚きました。無論、軍事侵攻で罪のない人々を殺すというプーチンとロシア軍の行為自体は許されないことですが。

田中 国家単位でのみ物事が語られてしまうことで、ウクライナでもロシアでも市民の間にはグラデーションがあること、軍の中にだってグラデーションがあるだろう当たり前のことが忘れられていく。これは本当に危険。でも、2010年代からのポップ音楽はそういった現実の複雑さに目を向けることを促してたとも言えるでしょ?

小林 というのは?

田中 例えばブラックでも、北米のブラックと西アフリカのブラックとイギリスやヨーロッパのブラックとでは、それぞれ違いがあるし、民族的アイデンティティにもグラデーションがある。特に2010年代後半からそういうことをちゃんと意識しなくちゃいけないということが人々の間で広がってきた。いろんな地域の音楽に接することを通して、物事がモザイク状に入り組んでいるという複雑さを意識するようになったオーディエンスが世界規模で増えたんじゃないか。10年単位で考えたとき、そうした意識の変化は社会全体に必ずいい形で機能すると思う。ポップカルチャーがそれをきちんと反映していた、ということで自分の気持ちを慰めたい(笑)。

小林 ポップカルチャーが時代の機運を先んじてキャプチャーしてたとすれば、今こそ文化について考えるのが大事だという視点もあります。なので、気を取り直して1stクォーターの総括を始めましょう。

田中 じゃあ、ここ3カ月間のポップミュージックの状況で大きな動きを挙げるとすれば、やっぱりNFLスーパーボウルのハーフタイムショーになるよね。

Dr. Dre, Snoop Dogg, Eminem, Mary J. Blige, Kendrick Lamar & 50 Cent FULL Pepsi SB LVI Halftime Show



小林 そもそもスーパーボウルは毎年アメリカで視聴率40%超え、1億人以上が見るという超ビッグイベント。ハーフタイムショーは毎年大きな話題になりますけど、今年は特に評判が良かった印象です。

田中 今回はドクター・ドレーを筆頭に、スヌープ・ドッグ、メアリー・J・ブライジ、エミネム、ケンドリック・ラマー、50セントが出演。ケンドリックを除くと、ほぼほぼ90年代ヒップホップの大ヒットだらけのセットリスト。改めて世界中に90年代ヒップホップの魅力を何より若い世代に知らしめた功績は大きい。

小林 トラップやドリルやエモラップ以降しか知らない若い世代にとっては、これが90年代ヒップホップに触れた初めての機会かもしれない。僕もめちゃくちゃ楽しみました。海外メディアの評価も絶賛が多いんですが、ピッチフォークがほぼ唯一批判的な論調で。論点は幾つかありますが、ひとつにはBLMに賛同して国歌斉唱のときに起立を拒否し、契約解除になったNFLのコリン・キャパニック選手にオマージュを捧げたエミネムの膝つきパフォーマンスにしろ、ケンドリックがBLMアンセムの「Alright」をやったことにしろ、事前にNFLは了承していたわけでしょ? っていう。論調としては、NFLに政治利用されてるだけじゃないの? という問題提起のニュアンスがあった。実際、そういう構造があることを頭の片隅に置いておくのは悪いことではない。

田中 結果的にエミネムの膝つきパフォーマンスがNFLのブランド力を強化し、彼らがやったことの罪を曖昧にすることに繋がったという視点だよね。実際、今回のハーフタイムショーにもいろんな側面があるのは確かで。スヌープは今回の出演と前後して、かつて自分が所属していたデス・ロウを買収してる。

小林 今後はデス・ロウのバックカタログの曲をやれば、スヌープにチャリンチャリンと入ってくる(笑)。そういうところは本当に抜け目ないですよね。

田中 しかも今後はデス・ロウを史上初のNFTレーベルにするつもりだとか。でもストリーミングで作品が聴ける状態でもそれってビジネスとして成り立つのかな?

小林 既にスヌープは新作収録曲17曲のうちランダムで1曲のNFTが手に入るSnoop’s Stash Boxを発売してて、購入者は様々な特典をもらえる。17曲全てのNFTを集めると独占コンサートに招待とか、特典も豪華。

田中 そうなると、また別の形での囲い込みってことかー。それだと、ザ・フーの“ウォント・ゲット・フールド・アゲイン”の歌詞じゃないけど、革命が起こってもボスが変わっただけっていうか。もちろん俺はスヌープは大好きだし、彼の選択は支持したいけど。

小林 実は僕もスヌープは大好きで、インスタをチェックしてるほぼ唯一のアーティストがスヌープ(笑)。あの人のヴァイブスって基本的にユルくて適当じゃないですか。で、ユーモアがある。あのノリは本当に好き。

田中 いきなりスヌープ・ライオンと名乗ってレゲエを始めたりね(笑)。それにジェイ・ZのTIDALほど莫大な費用もかからないだろうし、継続的なビジネスにならないと思ったら、さっさと撤退しちゃうかもね。

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