クラッシュシンバルから紐解く緊張と脱力の音楽・ファンク、鳥居真道が徹底考察

これまで挙げた例以外にもクラッシュ・シンバルが担っている役割があるように思います。当連載では、「リズムとは緊張と脱力の押し引きにほかならない」的な主張をよくしています。笑いが起こるメカニズムを「緊張の緩和」と喝破したのは、桂枝雀でした。他方、黒人リズム感の秘密は緊張と脱力にありと喝破したのは、トニーTこと七類誠一郎です。彼の著書『黒人リズム感の秘密』は、リズムにこだわる人たちの間では必読書となっています。

ドミナントモーションといわれるコード進行も緊張の緩和というタームで説明されることが多いです。不安定な響きを伴うV7から安定した響きのⅠ△7への移行がまさに緊張の緩和というわけです。うわあ、なんかめんどくさい…… と思った人がいるかもしれません。要するに、苦手な上司たちとの会食から解放されて、帰宅後にファミチキをアテにして檸檬堂で一杯やりながらYouTubeを観ているといった場面の転換をコードの機能を使って表現しているということです。

コード進行のみならず、リズムについても同様に、緊張と脱力という観点から捉えてみると音楽においてリズムが担っている役割がわかりやすくなります。ただしコード進行のように理論化されていません。解釈の余地も広い。「あなたの感想ですよね」と指摘されれば返す言葉はありません。しかし気にせずに続けていきたい。

無音には緊張感がみなぎっているといった主張を当連載では繰り返してきました。ここでは真っ白いキャンバスに緊張感がみなぎっていると考えてみてください。キャンバスの前に座らされ、衆人環視のもと、何でも好きなように描いてくださいとの指示を受けたら、誰だって心がざわつくはずです。筆を持つ手も震えることでしょう。無音の緊張感とはそのようなものにほかなりません。

緊張感がみなぎるキャンバスに筆を入れ、絵の具で覆ってしまえば緊張の度合いは低減します。つまり、無音というキャンバスを長い音で覆えば緊張が緩和されるということです。翻って、出す音が短ければ緊張感はある程度保たれるわけです。

そうした観点でクラッシュ・シンバルを捉え直してみると、その音は緊張の緩和という役割を担いうるのではないか、と思いました。クラッシュの音は余韻が続いという特徴があります。つまりキャンバルを覆う面積が大きい。緊張して体が強張っているときに、クラッシュの音を聴いて脱力したい。無意識的にそう考えて、カウント後のど頭でクラッシュを叩かざるを得なかった。だからこそ「ん? 緊張してる?」と勘ぐるわけですね。

Rolling Stone Japan 編集部

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