クラッシュシンバルから紐解く緊張と脱力の音楽・ファンク、鳥居真道が徹底考察

ドラムの演奏にはフィルやオカズと呼ばれるプレイがあります。小節のお尻に遊びで入れるフレーズのことです。ドラムフィルのあとにはクラッシュを叩くのが一般的です。Steely Danの名盤『Aja』に「I Got The News」というややハネたファンキーな一曲が収められています。ドラムを叩いているのはエド・グリーンというドラマーです。「I Got The News」のドラム・プレイは、短いスパンで入れられるモータウン・マナーのフィルが印象的です。やはり各フィルのあとには必ずクラッシュが入ります。「ガシャーン」という感じではなく、「サーン……」といった優しい感じのクラッシュです。



オカズを入れたあとにクラッシュが入るとほっと一息つけるようなところがあります。ないとやや気持ちが悪い。東海地方出身にも関わらず「オチないんかい」とずっこけたくなります。こうした生理的な反応に私は脱力としてのクラッシュを見るわけです。

ここでジェームズ・ブラウンの「Cold Sweat」を聴いてみましょう。「Cold Sweat」はJB流のファンクが確立された曲だといって良いでしょう。



メインのリフは2小節で1セットのループとなっています。ループの1拍目には必ずクラッシュが鳴らされています。ぼやんとした音像なので少し聞き取りにくいからもしれない。「スーン……」といった感じの音です。少ないマイクでドラムを収音しているためだと思われます。

JBといえば、口を酸っぱくして「1拍目が大事」だと発言していたことでお馴染みですね。いわゆる「ザ・ワン」というものです。JB門下生のブーツィー・コリンズもインタビューでそのことをよく語っていますが、何がどのように大事なのかいまひとつ把握できていませんでした。「1拍目が大事」だと言われれば、なんとなく力を込めてアクセントをつければ良いのかと考えがちですが、どうもそういうわけでもなさそうです。

1拍目に鳴らされるクラッシュから察するに、1拍目ではむしろ脱力するのが良いのではないかと考えてみました。1拍目を安らぎの我が家的に捉えてみるのです。JB流のファンクは緊張感が強めの音楽ですが、1拍目ではリラックスする。帰るべき家のように捉えると案外しっくりくるように思います。

「Cold Sweat」では、メインのリフのあとにブリッジと呼ばれるセクションが挿入されます。こちらではクラッシュを鳴らさずにスネアを1、2拍目が鳴らされます。ここはわりと緊張感が高まった箇所です。後半の小節で音価の長いホーンが響いて、緊張が解けるという構成になっています。緩急のつけかたが巧みです。ブリッジの終わりは、さらに緊張感の強いキメが入ります。キメの最後はクラッシュによる緊張の緩和で締めくくられています。やはりファンクは緊張と脱力の音楽であると再確認した次第であります。


鳥居真道



1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : 
@mushitoka / @TRIPLE_FIRE

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Rolling Stone Japan 編集部

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