2022年に絶対に見過ごしたくない「4枚の重要アルバム」2022年1月~3月期リリース編

ウェット・レッグのリアン・ティーズデイル(Photo by Scott Dudelson/Getty Images)

音楽メディアThe Sign Magazineが監修し、海外のポップミュージックの「今」を伝える、音楽カルチャー誌Rolling Stone Japanの人気連載企画POP RULES THE WORLD。ここにお届けするのは、2022年3月25日発売号の誌面に掲載された2022年1stクォーターを象徴するアルバム4選の記事。2020年初頭からのパンデミックの影響で、経済のグローバル化によってひたすら加速してきた産業と経済の時が止まった。だが、この時が止まった数年の間、もっとも成功を収めたのがひたすら加速し続けざるを得ない資本主義社会の写し鏡とも言える作家=ザ・ウィークエンドだったことはとても示唆的だ。今回ここで取り上げた4作品はどれも資本主義社会とアートのここ2年の変化に対する独自の解答だ。あなたはここに何を見るだろうか。

1. The Weeknd / Dawn FM



パンデミック下の行動制限期間に制作されたザ・ウィークエンドことエイベル・テスティファイによる5作目『Dawn FM』は、「未来のプランが全て延期になった」ことを受け、エイベルがこれまでの人生における後悔や失敗(ついでに過去の栄光も)を振り返るアルバムだ。

タイトルの〈夜明けFM〉とは死者が天国に行く前に罪の浄化を受ける場所=煉獄で流れる架空のラジオ局の名前。そこでかかっているのが本作の曲という設定だ。死がテーマなのはコロナで多数の命が奪われたこととも関係しているのだろう。危険なセックス(2曲で首絞めセックスの描写がある)やドラッグ使用を繰り返してきたエイベル自身もおそらく死の淵にいて、走馬灯を見るように本作の中でこれまでの人生を振り返っている。

プロデュースは盟友マックス・マーティンを筆頭に鉄壁の布陣だが、今回は何よりOPNの大々的な関与が大きい。その結果、得意の80’sポップ路線に不穏なアンビエント色が加わり、どこか現実離れした不気味なムードが漂うようになっている。本作のテーマにはぴったりの方向性だろう。

アルバム前半はこれまでのザ・ウィークエンドに近い退廃的なリリックの80’sポップ路線。ただ中盤からはエイベルも煉獄の火に焼かれて浄化が進んでいるのか、恋愛で誰かを傷つけたことに対する後悔の言葉が目立つ。曲調も本人曰く「アダルトコンテンポラリー」風が増えていき、妙に濁りがなく爽やかだ。実際に中盤以降の曲は癒しや救いの感覚が強い。

とは言え、これがエイベルの解脱アルバムかというと、とてもそうは思えない。そもそも煉獄で流れる〈夜明けFM〉という設定自体が、演劇的でフィクショナル。エイベルがどんなに真剣に心の傷を告白して浄化されようとしても、客演のライター・ザ・クリエイターやリル・ウェインが「何をヌルいこと言ってやがる」とツッコむようなラップで俗世に引き戻す曲もある。〈夜明けFM〉のホストとして時折ナレーションを入れるジム・キャリーの存在は、真面目に人生を回想するエイベルとそれをベタに消費しようとするリスナーにメタ視点を提供する役割でもあるだろう。

要は、「あんまり大真面目に受け取らないでくれよ」というメッセージがアルバムの随所に隠されているようにも感じられるのだ。もし次作で「結局は退廃的なライフスタイルを辞められませんでした」というオチがついたとしても、何も不思議ではない。

2. Big Thief / Dragon New Warm Mountain I Believe in You



ザ・ウィークエンドによるメジャーデビュー後のアルバムは、すべて本人の顔写真がジャケットに使われている。それに対して、現行USインディの最大公約数であるビッグ・シーフの新作『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』のジャケットにはメンバーの姿はない。楽し気に楽器を演奏する者たちの姿がラフな線画で描かれているが、プレイヤーはメンバーではないどころか、人間ですらなく動物である。この違いはビッグ・シーフの特性を端的に表していると言えるだろう。

『Dawn FM』は死を目前に人間が七転八倒する姿を描くが、本作は1曲目の「Change」からして「永遠に生きるつもり?死ぬこともなく。周りのものはすべて移ろいゆくのに」と達観している。そして「Squid Infinity」では、「お天道様から見れば生き物はみんな一緒」と人間中心主義的な物の見方に疑問を投げかける。ザ・ウィークエンドがエゴと煩悩にまみれた愚かな人間たちの姿を表象しているとすれば、ビッグ・シーフはその愚かな自分たちを人間以外の視点から客観視して相対化しようというところがある。

全20曲80分。おそらくアナログ2枚組を想定して作られたであろう本作は、アコースティック基調のフォークからモダンな音色を意識したギターロック、あるいはアメリカーナ調やエレクトロニクスを強調したトラックまで、バンド史上もっとも多彩な楽曲群で雄大な音の旅路を描き出す。ここでは加速し続ける資本主義の下で肥大が止まらない人間の欲望はデトックスされている。なにせ「Squid Infinity」ではこうも歌っているのだ、「10セントが1ダースあれば、ガーリックパンの欠片が買える」。本当はそれだけで十分じゃないか、とたまには思い出すのも現代人の精神衛生上は良いことかもしれない。

3. Earl Sweatshirt / Sick!



資本主義のゲームに溜息をついているのはUSインディ勢だけではない。アンチフック主義とも呼べる、抽象性の高いビートとリリックで煌びやかなポップの世界に背を向けるアンダーグラウンドヒップホップ勢も同様である。ただ、この潮流の先駆者アール・スウェットシャツの『Sick!』は、その抽象芸術の世界から少しだけ足を踏み出そうとしている。メインストリームのラップと較べればまだまだアブストラクトの領域だが、例えばタイトル曲でトラップ的なハットの刻みを取り入れた明快なビートを提示している点には意識の変化が感じられるだろう。本人曰く『Some Rap Songs』(2018年)はそれまでの集大成で、続く『Feet of Clay』(2020年)はエピローグ。オッド・フューチャーがブレイクしてから約10年目で一区切りをつけたわけだが、では彼は次の10年でどこに向かおうとしているのか。

4. Wet Leg / Wet Leg



時代の変化の機運はそこかしこに芽吹いている。アール・スウェットシャツの意識の変化も象徴的であるし、もしかしたらザ・ウィークエンドの新作が全米1位を取れなかったこともそうかもしれない。そして英ワイト島出身の2人組、ウェット・レッグのデビュー作『Wet Leg』にも変化の機運は宿っている。

言ってしまえば、本作は何の変哲もないインディロック(強いて言えば2010年前後のUKインディを彷彿とさせる)。だが、リフ主体の疾走感溢れるギターロックはそれだけで今の時代は新鮮だし、どの曲にも必ず耳に残るフックが潜んでいるのも見事だ。アルバム全体を貫くヴァイブは、雲ひとつない青空のように爽快でチアフル。2010年代の英国インディを支えたサウスロンドン勢のアンダーグラウンド志向は時代的な必然だったが、その辛気臭い地下室での実験主義を抜けた先にウェット・レッグの楽天性が待っているとしたら、それは間違いなく喜ばしい変化だろう。

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Edited by The Sign Magazine

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