ジョニー・デップ裁判、ドメスティックバイオレンス(DV)被害者たちのリアルな声 米

2022年6月1日、米フェアファックス郡裁判所を後にするアンバー・ハード。この数週間、ジョニー・デップが名誉毀損で彼女を訴えていた裁判に全米はくぎづけだった(Photo by Getty Images)

この数週間、アメリカ人のメーガンさん(仮名)はジョニー・デップ対アンバー・ハードの裁判を重苦しい気持ちで見つめていた。数年前、彼女は当時の夫と苦々しい別れを経験した。離婚前には何年も身体的・精神的虐待を受け、何度も警察に通報した。ハード同様、メーガンさんも「万が一彼に殺された時の証拠として」元夫が癇癪(かんしゃく)を起こしたり暴力や自傷行為で脅したりする様子を記録した。ハード同様、彼女も元夫を告発すると、弁護士から手紙が来て名誉毀損で訴えると言われた。ハード同様、彼女の元夫の弁護士も精神疾患のひとつである双極性人格障害を持ち出して、彼女の信用を落とそうとした。

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メーガンさんも始めのうちはデップ対ハードの裁判をできる限り避けていた。PTSDで過去の記憶がよみがえってくるからだ。だが裁判を通して、ハードの髪型から服装、涙ながらの証言にいたるまでがミームの格好の標的となる一方、証言台でのデップの傲慢な言動からは、こびへつらうようなTikTok動画や暗号資産での支援活動、Etsyのグッズ販売が山のように生まれた。「おかしいですよ、協力的だと思っていた友人も、アンバー・ハードを嫌悪するミームを投稿したんです」と彼女は言う。ハードが虐待容疑でデップを告発した後、「全世界の恥さらし」にしてやるというデップの発言を聞いて、メーガンさんは限界に達した。彼女も元夫から同じように脅されたのだ。

「今回の裁判が公の場で繰り広げられるのを一番恐れていました」と彼女は言う。「(元夫が)正しかったことを痛感しました。その気になれば、彼は私を修復不可能なほど破滅させ、屈辱を受けさせることができるんだと」

バージニア州フェアファックスで陪審がハードに名誉毀損で有罪を言い渡すと、こうした感情は悪化するばかりだった。ハードは2018年、あからさまにデップを名指しこそしなかったが、家庭内暴力の被害者の代弁者としてワシントンポスト紙に寄稿記事を掲載した。ケガの写真、デップが怒りを爆発させる動画、虐待の主張を裏付ける証言にもかかわらず、デップには1000万ドルの損害賠償金と500万ドルの懲罰的賠償金が認められた。ハードも反訴したうちの1件で勝訴し、200万ドルの損害賠償金を勝ち取った。

だが実際、大々的に報道された裁判は、数週間前から世論という裁きの場ですでに決着がついていた。ここ数週間の動向を見てもわかる通り、ソーシャルメディアではみな圧倒的に『パイレーツ・オブ・カリビアン』の主演俳優の肩をもち、数百万人の一般市民はもちろん、ファッションブランドやセレブリティまでもが、デップに対する容疑をでっち上げたとハードを激しく非難した。その結果、#AmberTurd(ゲス女アンバー)や#JusticeForJohnnyDepp(ジョニー・デップに正義を)といったハッシュタグが全世界でトレンドになった。

「基本的に、これは#MeTooの終焉です」と言うのは、精神科医で犯罪心理学の博士号をもつジェシカ・タイラー博士だ。女性蔑視や虐待に関する著書を2冊出版している博士はローリングストーン誌にこう語った。「ムーブメント全体の死を意味します」

評決が下ると、性的暴行の被害者(匿名)はきっぱり失望を表明したものの、驚いてはいなかった。「予想外だったとは思いません。でも最悪です」という被害者は虐待の加害者を告発した後、名誉毀損で訴えられた。訴えは取り下げられたものの、裁判でハードが汚名を着せられるのを見て過去の記憶がよみがえってきたという。本人いわく心に傷を残す経験で、自殺を考えたこともあったそうだ。

「私の場合、裁判にならなくて本当に良かったと思っています。勝てるかもしれないと思ったらバカですよ」と彼女は言った。「いつだって勝つのは男ですから」

Translated by Akiko Kato

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