フォールズが語る「踊れるロック」の成熟と原点回帰、フジロックとUK最高峰のライブ

 
「踊れるアルバム」の成熟と原点回帰

“セラピーとしてのダンス・アルバム”というフレーズは『Life Is Yours』というアルバムを説明するときに、とてもしっくり来るものだ。

5月に『Life Is Yours』ツアーのロンドン公演を観た際に、フォールズの過去作の楽曲の演奏で改めて痛感したのは、彼らが“静と動のダイナミズム”というアイデアを、自身の音楽の中心的なコンセプトの一つに据えてきたことの重みだった。それはある時は性急なポストパンク・ビートやヘヴィ・メタル的なディストーション・ギターとして表現され、ある時は大平原や大海原を思わせる静けさから、伸びやかで壮大なコーラスへと辿り着く楽曲の構成として表現されてきた。前作までのバンドの音楽制作の姿勢についてスミスは「様々なサウンドやジャンルを取り入れて音楽的な旅をするようなアルバムを作ってきた」と振り返る。『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1 & 2』の大ボリュームは、その集大成でもあったのだ。


今年5月のロンドン公演にて(Photo by Sam Neill)

また、相反するものを同居させることで生まれるダイナミクスを生かすという個性は、フォールズというバンドの存在や活動そのものにも共通して言えることだ。知的で理性的あると同時に、どこまでもエモーショナルである。あるいはアフロ・ビート/クラウトロック/テクノなど多岐に渡るジャンルへの参照点を持つと同時に、アリーナ級のロック・バンドとしての迫力も失わない。もっと単純な言い方をすれば、インディ・バンドであると同時に、商業的な成功をも手中に納める。そうした全方向性や包括性が、同時期にデビューした他の多くのイギリスのバンドとフォールズとを決定的に隔ててきた。

だが、『Life Is Yours』は、そうした従来のフォールズ像とは、異なる顔を持った作品だ。「今回はもっとシンプルで、何度も繰り返し聴くことができる作品が必要だと感じていたんだ。このコンセプトはアルバムの音楽面のすべてに影響を与えていて、バンドがコンセプトを完全に実現することに最も成功した作品だと感じている」(スミス)

極と極を繋ぐような激しいダイナミクスを軸とした表現から、より持続的で柔らかい時間の流れを軸とした表現へ。そして、その結果、作品から生じてくるのは、バンド自身が求めた癒しの感覚なのだ。

同時に、シンプルさというコンセプトは、バンドに2つの意味で『Antidotes』(2008年)期への原点回帰を促した。1つ目はダンスの身体性への回帰で、例えばアルバム先行曲の「Wake Me Up」は、ドラマーのジャック・ビーヴァンがApple Musicの番組で明かしたところによれば、彼らがディスコのリズムを意識的に取り入れたナンバー。だが、アンサンブルのグルーヴを主体としたシンプルなアレンジは、初期のバンドの作風を彷彿とさせる部分がある。




2点目はサウンド面の回帰で、スミスも「ある意味、1stアルバムのサウンドに戻ったと言えるかもしれない」と認める。「僕のギターはペダル無しで、チューナー・ペダルさえ無い、アンプだけのセットアップだった。ドラムは、特に70年代の音やテクニックを参考にして、細心の注意を払って録音したよ。現代的なキラキラしたギターやシンセサイザーと、温かみのあるアナログのドラムサウンドの組み合わせは、すごく良い感じだと思うんだ」(スミス)

アルバムのオープナーで表題曲の「Life Is Yours」は、その方向性を象徴する一曲だ。アルバムの影響源として、スミスは「アフリカの影響、特にサヘルの音楽からの影響は大きいね。ティナリウェンのようなバンドが良い例だと思う」と語っているが、直アンプのギター・サウンドで鳴らされる同曲のアラビックな響きのリフや、6曲目の「Flutter」のギターのフレーズからは、マリやセネガルのギター音楽からの直接的な影響を感じることが出来る。




また、アルバムのその他の影響源としては、初期のリー・スクラッチ・ペリーの「シンプルだけど、とてもカラフルで生命力に溢れたプロダクション」や「クリーンでオーガニックなサウンドの日本のアンビエント・ミュージック」が挙がる。特に後者は2019年にLight In The Atticからリリースされたコンピ盤『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』が、よく聴いた作品として具体的に名指しされている。

その影響は「Life Is Yours」の楽曲全体、ひいてはアルバム全体を覆う、重層的なシンセサイザーの柔らかな響きから聴きとることが出来る。本作のレコーディングのメイン・スタジオであるReal World Studiosは、ピーター・ガブリエルが設立したイギリスはバス地方のスタジオで、貴重なビンテージ機材を多く保持していることでも知られているが、スミスは「シンセは70年代、80年代のものも多く使っていて、それもサウンドに影響していると思う」とも語っている。また、『Kankyō Ongaku』は、セルフケアや瞑想への再注目という近年の社会的/音楽的文脈の中で(再)評価された作品でもあり、それは『Life Is Yours』のコンセプトとも近しい関係にあると言える。



「Life Is Yours」と並んでスミスがアルバムの代表曲に挙げる「2001」は、バンドが若い頃に移住したブライトンで感じた独立心や解放感からインスパイアされている。この曲で表現されている“過剰なナイトアウト(夜遊び)”は、ロックダウンの状況下での逃避願望と重なることで、本作の通奏的なテーマになっている。だが、この曲の“We’ll come up for air and go under again”(息継ぎに上がってきて、また潜るんだ:筆者訳)という歌詞から感じられるように、ナイトアウトへの渇望を、中年期(そしてキャリア的にはベテランの入り口)に差し掛かった彼ららしい、一周回った後の突き放した客観性と成熟とともに描いてもいる。

それは、ハウスの四つ打ちを前面に押し出した「The Sound」や「Wild Green」などのアルバムの後半の曲にも言える。バンドがデビュー初期から強調してきたダンス・ミュージックへの愛情を、具体的なビートやリズムへと昇華したこれらの曲だが、そこでもまたメンバー自らのフィジカルな演奏や、前述のような“それ以外”の音楽への参照というフィルターを通すことで、フォールズらしいサウンドに仕上げている。そのバンドの成熟こそが、アルバムの大きな美点になっているのだ。

ちなみにバンドのセルフ・プロデュース作だった『Everything Not Saved Will Be Lost Part 1&2』と違い、『Life Is Yours』の制作は、複数のプロデューサーとの共同作業で行われている。エグゼクティブ・プロデューサーのジョン・ヒルは、アルバム全体を監督し作品の一貫性を担保。その上で曲によって、ダン・キャリーとA. K.ポールという、今のロンドン・シーンのエキサイティングさを象徴する2人が、それぞれと好相性な曲を担当するという分担となっていたようだ。また、クレジット上はアディショナル・プロデュースや共同プロデュースといった名義だが、キーボード奏者でリトル・シムズの作品もプロデュースするマイルス・ジェイムスが複数曲に参加している。

 
 
 
 

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