ジェイコブ・コリアーが語る「シンプルとカオス」 音楽の申し子が変えたゲームのルール

ジェイコブ・コリアー

 
「明日、ジェイコブ・コリアーに取材できることになりました」と連絡が入った。あまりにも急で若干焦ったが、聞いてみたいこともあった。彼はちょうど素晴らしい新曲「Never Gonna Be Alone (feat. Lizzy McAlpine & John Mayer)」を発表したばかり。ジェイコブと言えば、尋常ではない量の音を重ねて作ったひとりクワイアや、ジャンルを自在に横断・融合するサウンドのイメージがあるわけだが、この「Never Gonna Be Alone」はシンプルな歌もので逆に驚かされてしまった。プログレッシブな要素は見当たらず、むしろチル系のプレイリストに入りそうな心地よいサウンドなのだ。

欧米はコロナ禍がひと段落したような雰囲気で、音楽業界も元に戻ったような状態で様々なフェスが復活し、ツアーが盛んに行われている。ジェイコブもまたライブ活動を再開し、世界中を飛び回っている。このタイミングで「Never Gonna Be Alone」みたいな曲をリリースしたことにはどんな意図があるのか。まずはそんな話を振ってみることにした。

そして、話の流れで、僕はジェイコブに以前から聞きたかったことを質問してみた。SNSを見ると、世界中にいるジェイコブのフォロワーたちがひとりクワイア動画をアップしていて、時折ジェイコブもその中からお気に入りをシェアしている。iPhoneにもインストールされている音楽制作アプリのGarageBandがデジタルで音楽制作する行為を促したように、ジェイコブの手法は世界中のベッドルームシンガーたちに「ハモること」への意識を植え付けたのではないかと僕は思っていた。ジェイコブの登場以降、多重録音コーラスの巧いアーティストが確実に増えている印象もある。そんな状況を彼自身はどう捉えているのか? ジェイコブとの取材ではいつも深い話を聞かせてもらっているが、そのなかでも普段とは違う貴重な記事になったと思う。

※7月19日追記:ジェイコブ・コリアーが11月に来日決定、詳細は記事末尾にて


―新曲「Never Gonna Be Alone」の制作背景について聞かせてください。

ジェイコブ:世界中のミュージシャンにとってロックダウンの時期はとても奇妙な時間だった。今まで自分たちがずっと感じてきた気持ちを新しい手法で表現しなくてはいけない状況に立たされたような感じだったから。

この曲は2020年に出来ていた “There’s a patch of sunlight in my room”ってパートのループから始まったんだ。このループができた時、穏やかなスペースの心地よさが気に入っていたんだよね。それで、1年くらい前にリジー・マカルパイン(Lezzy McAlpine)が僕の家に遊びにきたので、そのループを聴かせたらすごく気に入ってくれて。「自分が書き加えて曲にしたい」と言ってくれて、彼女がそこに命を吹き込んでくれたんだ。コーラス(サビ)の“Take me back to the window, take me back to the door”というフレーズも以前、僕が書いていたもの。だからこの二つを組み合わせて、そこにリジーが加わったって感じだね。

リジーとの制作中に、なぜかはわからないけど、曲の真ん中にギターソロが欲しいなって話になった。それでリジーと冗談で「ジョン・メイヤーが弾いてくれたら最高じゃない?」「じゃあ聞いてみるしかないよね!」という話になってDMを送ってみたんだ。ジョン・メイヤーとは友達で、実はお互いがファンだったのがきっかけで交流もあったからね。ジョンは快く引き受けてくれて、この曲が完成した。

ここから徐々にシングルをリリースしていこうと思っているから、僕にとってロックダウンのときの気持ちを表現した「Never Gonna Be Alone」はこれからの幕開けみたいな曲。今後のリリースにもいい感じで繋がるんじゃないかな。



―今はアルバム四部作の完結編『Djesse vol.4』を作っているとSNSにも書いていましたが、それとは関係あるんですか?

ジェイコブ:実はまだ決めてないんだよね。君が言うとおりアルバムを作っている最中なんだけど、アイデアは山ほどあるし、すでに曲もたくさん仕上がっている。だから、今は何でもできるオープンな状況と言えるかもね。

―では、次のアルバムに収録される可能性もあると。なぜこのタイミングでリリースしたんですか?

ジェイコブ:あまり深く考えずに出したらいいんじゃないかなって思ったんだよ。リジーとジョンが興奮してくれていたからってのもあるかな。自分にとっては今、久しぶりにツアーに出ていて、再び旅に出たことの喜びがあるし、久々に世界をこの目で見ていたら、冬眠から目覚めたような気分になったんだ。そういうタイミングと、曲を発表したいタイミングが合ったのもあるかもしれない。今の僕は生まれ変わったような感覚なんだよね。

―「Never Gonna Be Alone」の歌詞はラブソングっぽいですよね。曲調もすごく優しい。今の時期に出すことに何かしらの意味があると考えたのではないかと思ったんですが、どうですか?

ジェイコブ:この曲には愛もあるけど、喪失感もあるんだ。ロックダウン中、世界中の人々がたくさんの悲しみを経験した。それは二度と取り戻せないものかもしれない。例えば、愛する人と離れ離れになってしまって、記憶の中でしか会えなかった人もいたし、行きたい場所があっても、記憶の中でしかその場に戻れなかった人もいた。だから、一緒にいられること、身近にいられることの尊さみたいな気持ちを外に出すために曲にしたいと思った。この曲の中にいる2人の登場人物が語り合っているのはもちろん愛なんだけど、その後、二度と会えなくなってしまう2人かもしれない。だから、心の中もしくは記憶の中でしか永遠に会えない人や場所を歌っている部分もあるんだ。

でも、一方ではこの時期に新しいエネルギーも生まれていた。世界を見てみると、こんな大変な時期にもみんなが頑張って支え合おうとしていて、そこから生まれてくる温かさみたいなものを感じたんだ。だから、そういうことも歌っている。パーソナルな部分だけではなくて、いろんな側面がある歌だと思うよ。


ジェイコブ・コリアーとリジー・マカルパイン


リジー・マカルパインとジェイコブ・コリアーのコラボ曲「erase me」

―サウンド的にはファンタジックな感じがあるし、過去に思いを馳せるようなノスタルジックな感触もありますよね。つまり歌詞とサウンドは密接に結びついてると。

ジェイコブ:そうだと思う。なぜなら最初にメランコリックなループがあって、そこから感じ取ったものをリジーが歌詞にしてくれたり、ヴァースも書いてくれたから。人間って何かを語った時に、最初はその意味が自分でもわかっていなかったりするよね。それを誰か他者のレンズを通して見てもらったときに、初めて自分が言いたかったことを自分でも理解できることがある。今回はそのパターンだと言えるね。ストリングスやギターのループを使ったサウンドは自分が作ったものだけど、自分ではそれが何を意味するのかはわからなかった。そのコーラス(サビ)の部分の方向性(=意味)をもたらしてくれたのはリジーだった。彼女は素晴らしいリリシストだし、素晴らしいソングライターだからね。

―あなたとリジーの世界観が必要とするニュアンスはかなり繊細なものだと思います。ジョン・メイヤーはそのなかで素晴らしいギターソロを弾いていますが、彼にはどんなふうに伝えたんですか?

ジェイコブ:何も伝えてないよ。ジョンはその曲が持つ感情にふさわしい演奏、トーンやサウンドを選ぶことができるし、それはいつも完ぺきなんだ。彼はこの曲を聴いて「ハートを感じた」と言ってた。彼は自分が感じた「ハート」を音にしてくれたし、それをすごく繊細に表現してくれた。ジョン・メイヤーだったら何を弾いても許されるはずなのに、彼は楽曲にふさわしい演奏をしてみせる。ジョンは彼が見つけた北極星をもとに忠実に演奏したんだと思う。全ての星がきれいに並ぶようにすべてがうまくいくタイミングって人生に何度かあると思うんだけど、それが今回のタイミングだったのかもね。

Translated by Kyoko Maruyama

 
 
 
 

RECOMMENDEDおすすめの記事


 

RELATED関連する記事

 

MOST VIEWED人気の記事

 

Current ISSUE