ジェイコブ・コリアーが語る「シンプルとカオス」 音楽の申し子が変えたゲームのルール

 
シンプルもカオスも「自分らしさ」

―ここ2年くらいにリリースしたシングル「The Sun Is In Your Eyes」、「Fix You」(コールドプレイのカバー)もシンプルでメロディアスな曲でした。それらと「Never Gonna Be Alone」には一連の流れがあるのかなと思ったんですけど。

ジェイコブ:偶然だと思うよ(笑)。でも僕のなかで、今はメロディに対して新しい感覚で惹かれている時期なんだ。シンプルな形(フォーム)の中にある完全さ(コンプリートネス)に惹かれているという感じかな。「The Sun Is In Your Eyes」はiPhoneで、「Fix You」は自分の部屋にあるピアノを弾いてワンテイクで録音したもの。「Never Gonna Be Alone」はその両方の要素があるのかもしれないね。何百の音を重ねて、ピラミッドを組み上げるように曲を作ることもあるけど、その曲の中には様々なフレイバーや色合い、テクスチャーがあって、シンプルな部分もある。そのバランスに関心があるんだ。と言いつつ今、取り掛かっている『DJesse vol.4』には完ぺきにカオスな曲もあるんだけどね(笑)。




―メロディへの関心というのは、あなたがこれまであまり言及してこなかったポイントですね。

ジェイコブ:いろんな音楽を聴くんだけど、ここ最近は自分がそこに寄りかかれるような、スペースがある音楽に惹かれている。そのスペースの中ですごく豊かな体験ができるような気がするんだ。例えば、野に咲く花があったとして、その花は一見シンプルなんだけど、近づいてよく見てみると複雑な要素で構成されていることに気づく。その複雑さによって花というものが確立されていて、その花は世界との関わりの中で生きている。素晴らしい音楽というのは花と同じだよね。遠目で見てもシンプルに素晴らしいうえに、ズームインしてみると花にいろんな香りがあるように、いろんなテクスチャーを備えていることがわかる。

僕はミュージシャンとして、その両方の視点から見て、その音楽がどういうものなのかを説明したいと思っているんだ。複雑なストラクチャーには複雑だからこその良さがあるし、シンプルなストラクチャーならではの良さもある。どちらが優れているってわけでもなくて、どちらも重要ってことをね。自分としてはシンプルなものと複雑なもののどちらかに偏っているわけじゃなくて、その間を常に行き来しているつもりなんだ。

―なるほど。

ジェイコブ:それは僕のファンがそうさせるんだよね。もし自分がチャレンジせずに同じところにいたら、ファンが感知しちゃうから。だから、シンプルな曲を書くことに関してもすごくチャレンジングなことだと思いながら取り組んでいる。

そのシンプルさと複雑さのバランスを解決したひとりがスティーヴィー・ワンダーだよね。記憶に残るテーマ性のある曲を書きながら、ハーモニーやリズムはものすごく繊細で、聴いていると脳がじっとしていられないようなサウンドを作っている。でも、自分としてはスティーヴィーみたいなことをやりたいってことではなくて、その時に見たこと、感じたことを誠実に形にしたいだけなんだ。今日はカオスな曲を書いて、次の日にはシンプルな曲を書いたって、それでもいいじゃんって感じ。だって、それが僕なんだから。

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2022年6月15日の英O2 Apollo公演にて、客席と一体になってクワイアを生み出すジェイコブ・コリアー

―これまで何度かインタビューしてきて、リズムやハーモニーの複雑さの話は何度もしてきましたが、「シンプルさ」についての話は初めてですね。でも、あなたがここまで世界中で支持されているのは、やっぱりリスナーを掴むメロディの魅力があるからだと思います。

ジェイコブ:それは嬉しいね。今は創作するのが楽しい時期なんだ。ロックダウンでこもっていた人たち、つまりミュージシャンもお客さんもまた世界に戻ってきた。今はその喜びみたいなものを感じている。自分もここ3カ月くらいツアーを廻っているけど、ステージに上がると「オーディエンスは血に飢えていたんだな」なんて感じたりもする(笑)。だから、彼らのためにシンプルで楽しい音楽を作りたくなっているのはあるかもね。

でも同時に、音楽は時代を反映するわけで、今の複雑な時代性を反映した複雑な音楽が出てくるのも当然だよね。それに今は、それぞれが自分の考え方ややり方で表現できる時代になっている。特に若いミュージシャンたちは、どんなに風変わりなものだとしても、自分が面白いと思える音楽を自由に作ってもいいんだって意識になってきた。音楽って500年くらいフォーミュラ(慣習的な方式)にのっとって作られて売られてきた。でも今は、SNSやTikTokを通して広まっていくから、どんどん新しいやり方で作られるようになっている。若いミュージシャンたちはものすごく自由に自分を表現しているよね。

僕のキャリアはまだ10年くらいだけど、この10年の間だけでも多くの変化があった。アルゴリズムに頼ってしまう問題など、悪い部分だってもちろんある。でも、誰もがクリエイティブなツールを自由に使うことができるのはいいことだよ。今は何でもできるし、フォーミュラは存在しなくなったし、いいとか悪いとかもないよね。僕だってキャッチ―なものも好きだし、熱帯雨林や樹海に分け入っていくような未知のものも好きだ。僕が大事にしているのは、その二つの間を行き来しながらやっていくことなんだよ。

Translated by Kyoko Maruyama

 
 
 
 

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