映画『エルヴィス』から考察するプレスリー流ファンク、鳥居真道が徹底解剖

カントリー・ファンクといった趣の「Guitar Man」も「Little Less Conversation」と併せて聴きたいファンキーな一曲です。こちらは元々ジェリー・リードというフィンガー・ピッキングの名手による曲でした。リード抜きでレコーディングしようとしたものの、原曲のようなグルーヴが再現できず、急遽リードを呼び出して本人に演奏してもらったそうです。演奏はナッシュビルの腕利きミュージシャンたちによるものです。原曲のほうは、レイ・チャールズの「What I’d Say」にインスパイアを受けたであろうキューバっぽいリズムでしたが、こちらはカントリーっぽいツービートといった感じです。しかし、曲の途中でビートのパターンが変わります。プロフェッサー・ロングヘアの「Big Chief」(1964年版)を思い出します。





ジェリー・リードのファンキーなバッキングは親指とその他の指のコンビネーションで成り立っています。発想としてはクラビネットのパラディドル的な奏法と一緒です。クラビといえばファンクでよく使用される楽器です。有名どころでいえば、スティービー・ワンダーの「Superstition」やビリー・プレストンの「Outa-Space」といったところでしょうか。ファンカデリックの「A Joyful Process」、ザ・バンドの「Up On Cripple Creek」が個人的には好みです。ファンクギターというとキレのある16分音符のカッティングですが、「Guitar Man」のように指でクラビっぽく演奏してもファンクネスが醸し出されるのだと再認識した次第です。



映画の後半、パーカー大佐の策略で、エルヴィスはラス・ヴェガスのインターナショナル・ホテルに半ば囚われるような形でライブ活動を続けていきます。この時期のパフォーマンスは『On Stage』というライブ盤にもなっています。ここでもエルヴィスは、TCBバンドを従えてファンキーな音楽を披露しています。TCBは「Taking Care of Business」の略称で、エルヴィスのモットーでもありました。TCBバンドはジェームズ・バートン(Gt.)、ジェリー・シェフ(Ba.)、ジョン・ウィルキンソン (Gt.)、ラリー・ミュホベラック(Key.)、ロン・タット(Dr.)という選りすぐりのメンバーからなります。映画でもホテルでのリハーサルおよびライブ本番のシーンで登場したメンツですね。『On Stage』のうち、白眉なのはなんといっても「Palk Salad Annie」でしょう。もとはトニー・ジョー・ホワイトの曲です。声の説得力が難しい曲ですが、当然のようにエルヴィスはものにしています。キングの面目躍如といったところです。ミュージシャン同士の音のやり取りもスリリングです。



ここまでエルヴィスのファンキー・サイドを取り上げてきたわけですが、最後に初期の「Mystery Train」に触れたいと思います。原曲のジュニア・パーカーの曲です。物悲しいようで楽しい、気だるいようでエネルギッシュとでもいうような複雑なニュアンスの曲をエルヴィスはミニマルなアレンジでカバーしています。これをハーフタイムで演奏してファンキーに仕立てたのがザ・バンドによる「Mystery Train」のカバーでした。ファンクとはロックンロールをハーフタイムにしたもの、というのが私の持論です。ザ・バンドの「Mystery Train」は、その傍証になると考えています。



そういう意味で、ロックンロールのオリジネーターの一人であるエルヴィスがファンキーなサウンドにマッチしないはずがありません。ことさらファンキー・サイドなどと強調するまでもなく、エルヴィスは当初よりファンキーな存在だったといえるでしょう。



鳥居真道



1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。
Twitter : 
@mushitoka / @TRIPLE_FIRE

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Rolling Stone Japan 編集部

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