麻薬密売にすべてを捧げた「無名の男」、娘が記した波瀾万丈の生涯 米【長文ルポ】

冒険譚の最後

新たなチャンスが到来したとき、父は判決が下されるのを待っていた。父は、そのチャンスをつかまずにはいられなかった。

フロリダ州タラハシーの拘留場で数カ月を過ごした父は、自分で歯にひびを入れた。拘留場には、常駐の歯科医師がいないことを知っていたのだ。父は、平服の上に受刑者の服を重ねて、娑婆に放たれた。刑務官たちに付き添われて歯科医院の待合室に到着した頃には、診察中は歯科医師とふたりきりにしてほしいと刑務官と話をつけていた。彼らが部屋を出ると、父はピッキングで手錠を外し、歯科医院のドアを開けた。一か八かの大勝負だった。廊下の先には「出口」のサインと、自由への扉が待ち受けていた。

そして、父は姿を消した。

それから2年間、父は逃亡生活を送った。ダッチのために薬物を密輸したり、コロンビアからのヨットを操縦したりした。ある朝、クイーンズにいた父とグリーンバーグは、地元のダイナーで朝食をとっていた。グリーンバーグが当時のことを振り返る。「あれは、私たちにとって最高の時代でした。カリブ海をクルーズしました。それに、あの人は前ほど無茶をしませんでした。幸せな時代です。あのダイナーに行くまでは。席につくや否や、私は不安になりました。後ろの男性ふたりを除いて、私たち以外にお客さんはいませんでした」

グリーンバーグ曰く、父はダイナーの外にある公衆電話を使うため、席を立った。戻ってくると、連邦保安官たちがダイナーを取り囲んだ。保安官たちは父を地面に押さえつけ、グリーンバーグを店の外に引きずり出した。その瞬間、彼女はいったい何が起きているのか、さっぱりわからなかった。「街角にキャデラックのディーラーがありました。私たちは、そこで車を借りたんです」と彼女は話す。「車を持ってきてくれるというので、待っていました。きっと、ディーラーのオーナーがFBIの捜査官に通報したんでしょうね」

その3カ月後、父はタラハシーの連邦裁判所で懲役60年を言い渡された。釈放されるまで、父は25年間刑に服した。2003年にフロリダ州の矯正施設への移動を命じられたとき、父は姿を現さなかった。24時間の捜査のあげく、バージニア州の森で発見されるまで、父は例のビジネスに舞い戻っていたのだ。父は、2008年に晴れて釈放された。その年の10月、父はひとり娘に会いに、ロサンゼルスまで車を飛ばした。私たちは一緒に夕食をとり、厩舎を訪れた。そこでは、乗馬が大好きだった子供時代をやり直すことができた。自宅に厩舎があった頃、私はまだ幼かった。そのため、父との思い出も少なかったのだ。結局のところ、イーストンの厩舎は、私のすべてだった。

私たちは、親子として失われた時間をたった一晩で埋め合わせようとした。だが、もう遅すぎる気もした。あまりにも長い間、私は父の帰りを待っていた。父と娘が踊るダンスパーティや学校の学芸会、卒業式に父が来てくれることを願った。私の人生の一部になってほしかった。男の子に振られたときや、望むものが手に入らなかったときは抱きしめてほしかった。深夜のバーで友達に語る面白いネタ話としてではなく、父親であってほしかった。私に会いにきてほしかった。どこにも行かないでほしかった。

別れの時間が来ると、私はキャデラックまで父を送った。乗り込む直前、父は最後にぎゅっと抱きしめてくれた。

「クリステン、愛してるよ」と耳元でささやく。わかっている。父が堅気になることは一生ない。犯罪の世界に囚われている多くの人がそうであるように、外の世界で生きている人には、こうした冒険譚は面白おかしく響くこともわかっている。でも、それを生きている人は、胸が張り裂けるような悲しみを常に感じているのだ。ダイナーで私の向かいに座ったホイトが悔しさをにじませた。「あなたのお父さんに会う機会はありませんでした。いつか会ってみたいと、ずっと願っていたのですが」

ロサンゼルスにいる私を訪れた3カ月後、2009年の2月に父は他界した。孫たちをはじめ、彼に会えなかった人は大勢いる。多くの意味で、父は自ら構築に尽力した世界の小話的な存在、ひいてはマイナーなプレイヤーとして記憶されるだろう。だが、数十億ドル規模の薬物が毎年メキシコの国境を越えて、コロンビアから空路で、またはカリブ海から海路で米国東海岸に到着するいまも、それらは父の軌跡を辿っているのだ。きっと父は、密輸業者屈指の無名の存在として歴史に名を刻むのかもしれない。愛する人たちにとっては、カメレオンのように変幻自在な人物として記憶されるだろう。

グリーンバーグは、次のように言った。「アウトサイダーであれ、大金持ちであれ、ダンはいつも誰とも平等に接していました。取引をまとめるためには、どんな人物にもなることができたんです」

グルーパー作戦に関する1982年のローリングストーン誌の記事は、タラハシーの連邦裁判所の場面で幕を下ろす。そこで父は、密輸業者プロスに扮していたDEA捜査官のウィードと対面するのだ。父は、ウィードの腕をつかんで彼の弁護士を警戒させる。が、記事の中の父はただ笑顔を浮かべ、ウィードに「まったく、アカデミー賞ものの演技力だな」と言い放つ。同じことを父にも言いたい。

from Rolling Stone US

Translated by Shoko Natori

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