麻薬密売にすべてを捧げた「無名の男」、娘が記した波瀾万丈の生涯 米【長文ルポ】

面会室で手渡された回想録

81年に逮捕された父は、中南米から米国東海岸にまたがる世界屈指の密輸ルートをすでに確立していた。この記事を執筆するにあたってリサーチをしていた私は、「グルーパー作戦」に関するローリングストーン誌の古い記事に出くわした。グルーパー作戦とは、大麻産業を叩き潰すためにDEAが主導した作戦で、記事の主役はもちろん父だ。1982年の記事には、父に関する次のような文章があった。「ダン・マクギネスという36歳の麻薬密売のキーマン(中略)は、何の前触れもなくビジネスジェットを注文するのが好きだった」

ダン・マクギネスは、華奢でありながらも男っぷりのいい、アイルランド系とイタリア系の米国人だった。タイトにスタイリングされた黒いカールヘアと物腰は、東海岸のコネチカット州の裕福な地域の出身だという印象を与えた。実のところ、マクギネスは労働者階級が暮らす同州のブリッジポートで幼少期を過ごした。マクギネスの父は、同州のフェアフィールド郡の富裕層が多い街のカントリークラブのバーテンダーをしていた。フェアフィールド郡といえば、米国の上流階級が昔から“故郷”と呼んできた場所だ。私が生まれた1977年には、マクギネスはキーマンの名にふさわしい財産を築いていた。カリブ海に浮かぶ島国ジャマイカやフロリダ州、コネチカット州に家を持っていたのだ。ロングアイランド東端のハンプトンズには、ローリングストーン誌の創刊者であるヤン・ウェナーと共同名義の物件まで持っていた。

マクギネスには、美人の妻と幼い娘がいた。マクギネスの妻である私の母は、運に見放されたときのことを考えながら、恐怖の日々を送っていた。父は、そんな心配は無用だと言って母を安心させようとした。

父は正しかった。でも、運はいつまでも私たちの味方ではなかった。DEAの元捜査官であるホイトは、60年代後半から70年代前半にかけてのFBI(米連邦捜査局)の麻薬取締戦略について次のように話す。「いまだから言いますが、70年代当時は、大麻に関心のある人なんてひとりもいませんでした」とホイトは明かした。「本腰を入れて調査するための資金もありません。私は、飛行機であなたのお父さんのあとを追いかけていたわけではないんです。実際には、ほかの捜査官に電話をかけては『どうやら、マクギネスは君の街にいるようだ』と知らせることしかできませんでした」

だが、80年にロナルド・レーガンが大統領選挙に初勝利すると、すべてが変わった。ローリングストーン誌の82年の記事によると、当時グルーパー作戦は「連邦政府の法執行機関による、もっとも巧妙かつ効果的な潜入捜査」とみなされていた。作戦が終わる頃には、155人以上の密輸業者が逮捕された。父もそのひとりだ。それなのに、多くの人は20年余りにわたって父が麻薬密売システムの構築に貢献し、落日を迎えたことを知らない。「マクギネスは、70年代の大麻密輸業者のなかでも抜きん出た存在でした(中略)でも、不思議なことに、多くの人は彼の存在を知りません」とホイトは話す。

私は、マクギネスという男の伝説に囲まれて育った。その伝説は、家族や親族の視点と父が自らしたためた20ページの回想録によって色付けされていた。その回想録というのは、父がペンシルベニア州中心部のスーパーマックス刑務所(訳注:米国屈指の警備レベルを誇る刑務所)に収監されていたとき、私にこっそり手渡したものだ。父に会うのは数年ぶりで、最後に娑婆で会ってから数十年が経過していた。つらい一日だった。というのも、出所日を間近に控えた父から、私が思い描いたような再会は叶わないと聞かされていたのだ。「俺には、この仕事しかない」と父は言った。その眼差しは、後悔というよりは高揚感に満ちていた。

その当時、私は30歳だった。不公平なシステムを呪いながら、私は子供の頃からずっと父の出所を待ちわびてきた。それなのに、ようやく出所した父は例のビジネスに復帰し、最終的に監獄送りになった。ペンシルベニア州の刑務所を訪れた雪の日の午後、父は「堅気の生活を送るくらいなら、死んだほうがマシだ」と私に言った。大の大人になった娘が「どうしてこんなことになってしまったの」と、面会室の真ん中で声を上げて泣くのを見た父は、堅気の生活を拒む理由を話す代わりに、その答えとして自身の回想録を私に託した。

回想録を受け取ると、私は誰にも見られないようにズボンの後ろのポケットにしまった。こんなことをしなくても、郵便で送ってくれればいいのにと思いながら。きっと父は、刑務官たちに読まれたくなかったのだろう。

Translated by Shoko Natori

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