『NOPE/ ノープ』のインスピレーション源となった「Exuma」の伝説

左からジョーダン・ピール、Exumaことトニー・マッケイ(Photo by GREG DOHERTY/GETTY IMAGES; GAB ARCHIVE/REDFERNS/GETTY IMAGES)

ジョーダン・ピール監督の壮大なSFホラー映画『NOPE/ノープ』のインスピレーションとなったものの一つが、2000年代中期に友人がくれた手焼きのCDだ。走り書きで「Exuma」とだけ書かれたそのCDには、カルト的人気を誇ったバハマのパフォーマー、トニー・マッケイの1970年のデビュー作が収められていた。これが核となり、歴史に埋もれた黒人たちを描いたストーリーがのちに生まれた。

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「耳から離れない原始的な彼の音楽に、すぐさま反応した」と、ピール監督はExumaことトニー・マッケイについてローリングストーン誌に語った。彼の作品は、基本的には音で表現した映画のようなもの。ゾンビや神や奴隷が立ち上がり、抑圧者を懲らしめ、最後はパレードを少々、といった具合だ。「はっと悟ったのを覚えている。これほど影響力のある偉大なミュージシャンなのに、自分は今まで名前も聞いたことがなかった。マッケイは素晴らしいアーティストなのに、しかるべき敬意を払われてこなかったんだ」


トニー・マッケイはバハマの島しょ区にちなんでExumaと名乗り、1961年に米ニューヨークへ移住。グリニッチの音楽シーンで、現代ロックと故郷の伝統音楽を融合した。彼の作品の主人公は、故郷の伝説に登場する魔術師「Obeah Man」だ。「彼は色鮮やかなローブをまとい、神羅万象や月の満ち欠け、雲、地球の鼓動を操る」と、インタビューでマッケイは語っている。デビューの際にはいくらか業界からの後押しもあったものの(ニーナ・シモンは彼の曲を数曲カバーした)彼の音楽は……あまりにも突き抜けていて、移り変わりの激しいエンターテインメント業界ではウケなかった。とはいえニューオリンズ・ジャズ&ヘリテッジ・フェスティバルには毎年のように出演し、1997年に他界するまで音楽や戯曲、アート作品を制作した。また一風変わった逸品を好むレコード収集家や音楽ファン(ピール監督もその1人)の間では知る人ぞ知る存在となった。

『ゲット・アウト』の監督いわく、『NOPE/ノープ』の事実上の主題歌となった「Exuma, the Obeah Man」は、脚本を書き始めた時から脳裏に浮かんでいたという。雷とともにExumaが地球に下りたち、人間の苦悩を魔法で解決するという荒唐無稽な内容の曲だ。「(Obeahと)一緒に過ごした私の祖父、父、母、伯父たちがいろいろ教えてくれた」と、1970年のインタビューでマッケイは語っている。「誰しもなんらかの信仰を抱いて成長するが、これが信仰として私の骨身にしみ込んでいた……神はモーゼに善と悪の秘密を明かし、モーゼはイスラエルの民を救うことができた。それと同じような絶対的存在――Obeah Manは宙を舞う精霊なのだ」



Translated by Akiko Kato

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