ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ来日公演 未だ謎多きアンサンブルの全容

ピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ featuring サム・ゲンデル&エイブ・ラウンズ(Photo by Masanori Naruse)

 
2021年のコラボ作『Notes With Attachments』が日本でも話題を集めた、ネオソウルの象徴的ベーシストであるピノ・パラディーノと、現代アメリカ随一のプロデューサー/ギタリストであるブレイク・ミルズが来日。圧倒的な注目度を反映するように、ビルボードライブ東京での公演は1st/2nd共にソールドアウトとなった。ジャズ評論家・柳樂光隆によるライブ・レポートをお届けする。

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ピノ・パラディーノを最後にビルボード東京で観たのが、クリス・デイヴと一緒に来日した時だったのは覚えていたが、いつだっけと検索してみたらなんと10年前の2012年だった。そんなに前だったか……。あの時はクリス・デイヴがロバート・グラスパーのグループではなく、自身の名義で初めて来日したこともありはっきりと覚えていたのだが、この公演が強く記憶に残っているのはひとつ理由があった。

当時はまだクリス・デイヴが出るからといって席ががっつり埋まるわけではなく、熱心なミュージシャンが観に来る程度。それよりも、ピノに視線を送る熱心なネオソウルのファンのほうが目立っていた。今にして思えば、クリスにピノ、アイザイア・シャーキーのトリオなんて夢のような組み合わせだが、この頃はそんな感じだった。

ライブが始まると、クリス・デイヴが動きまくって、リズム・パターンをどんどん変えたりと華やかでテクニカルな演奏を聴かせていた。そこに客席から、(英語で)「ピノ、もっとファンキーに弾きまくってくれよー」みたいな声が上がる。その日のピノ(とアイザイア)は、ずっとクリスが仕掛けたやんちゃな変化やリズムのトリックと的確に寄り添いながら、粛々とグルーヴしていた。ディンジェロの名盤における奇妙なサウンドに貢献した名手の超絶演奏を聴きに来たら、思いのほか地味で、ドラマーの陰に隠れているように感じたのかもしれないなと僕は思った。

そもそもピノは、ずっとそんなベーシストだったようにも思う。いつだって控えめでさりげなく、ひっそりとその音楽を支えている。とはいえ、それはクエストラヴやクリス・デイヴのズラしたリズムに合わせて、表情を変えずに粛々とズラし続けるような、静かな狂気すら感じさせる慎ましさだ。そして、ピノがいた席に別のベーシストが座ると、時には大変なことが起こることもある。以前、あるバンドがピノを連れてきて、その次の来日で別のベーシストを連れてきたことがあった。後者はずいぶん残念なことになっていて「あれ、こんなにノリの悪いバンドだっけ?」と思った記憶がある。ピノの存在の大きさをあの日ほど感じたことはない。


ピノ・パラディーノ(Photo by Masanori Naruse)


ブレイク・ミルズ(Photo by Masanori Naruse)

そんなピノ・パラディーノが、自身の名前を真っ先に冠したプロジェクトで来日した。ギタリスト/プロデューサーのブレイク・ミルズとの双頭名義に、サックス/マルチ奏者のサム・ゲンデル、ドラマー/パーカッショニストのエイブ・ラウンズの2人を加えた編成だ。2021年にリリースされた同名義でのアルバム『Notes With Attachments』のライブ・バージョンでもある。

とはいえ、この名義で、この編成でも、彼はいつものピノ・パラディーノだった。特に前に出るわけでもなく、特にソロが増えるわけでもなく、バンドのグルーヴに合わせて粛々とベースラインを奏でていた。そもそも『Notes With Attachments』でも、ピノは平常運転だった。アルバムでは多くの曲でドラムセットが入っていないだけでなく、そもそも打楽器がほとんど使われていない。それにもかかわらず、全員が同じタイム感を共有しながら演奏しているのが印象的だった。


サム・ゲンデル(Photo by Masanori Naruse)


エイブ・ラウンズ(Photo by Masanori Naruse)

かたやライブでは、エイブ・ラウンズのドラム/パーカッションが加わり、はっきりとリズム・セクションの体を成していたことで、ピノのベースを単純にグルーヴのパーツのひとつとして聴くことができる時間が多かった。そこに絡むブレイク・ミルズとサム・ゲンデルは特定の方法論にとらわれない多様な演奏をしていたが、ピノが生み出すグルーヴだけは絶対に壊すまいという、リズムに対しての厳格さがあるようにも聴こえた。

実際、かなり自由度の高いセッションではあるのだが、その中でブレイク・ミルズとサム・ゲンデルの二人は、度々リズミックな演奏でベースとドラムに寄り添い、リズム感覚の鋭敏さを発揮していた。それは言い換えれば、どれだけ奇妙なリズムでも対応できてしまうピノのポテンシャルを、この二人が絶妙に引き出していたということでもある。

ライブの後に『Notes With Attachments』を改めて聴いてみると、ミックスやプロダクションだけでなく、ピノのベースを軸にしたグルーヴ・ミュージックとしての側面の気持ちよさに耳が向き、その部分をより楽しめるようになった。ピノも関与したディアンジェロ『Voodoo』を起点に、クリス・デイヴ(やロバート・グラスパー)らが実践してきた(J・ディラ系譜の)リズムの探求の延長線上に『Notes With Attachments』があることが、ライブではよりわかりやすく提示されていた、とも言えるだろう。

 
 
 
 

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