リトル・シムズ、孤高のラッパーが『NO THANK YOU』に込めた内省とパンク精神

リトル・シムズ(Photo by Karolina Wielocha)

 
大好評だった9月の来日公演のあと、10月には英国最高峰の音楽賞であるマーキュリー賞を獲得。Netflixドラマ『トップボーイ』で俳優としても注目を集めるリトル・シムズ(Little Simz)が、最新アルバム『NO THANK YOU』をサプライズリリース。年末に突如投下された話題作について、文筆家/ライターのつやちゃんに解説してもらった。


12月中旬、気の早い世界中のメディアがアルバム・オブ・ザ・イヤーの記事をプレビューにセットし一息ついたであろうタイミングで、それらの仕事をあざ笑うかのようにリトル・シムズはサプライズリリースを行なった。シムズの一見気まぐれに見える判断は驚きのニュースとして全世界を駆け巡ったが、よくよく考えるにそれは何ら不思議なアクションではない。

なぜなら、これまでと同様に本作のプロデュースを務めるインフロー在籍のグループ・SAULTは11月にも突如として多くのアルバムをインターネット上にアップしており、ゲリラ的な活動展開が注目を集めているコレクティブだからだ。「Love SAULT X」と綴られていたそれは、曲数もさることながら、感嘆すべきは幅広いアプローチに支えられていた多種多様なジャンル性である。SAULTの音楽に対する懐の深さはソウルやゴスペルからパンクやサイケ等にまで無限に広がっている。本作『NO THANK YOU』はインフローのレーベルであるForever Living Originalsからドロップされる初めての作品であり、そういった既存のルールに縛られない集団と近い位置にいるシムズが、音楽業界の商習慣からできるだけ距離を置こうと考えるのも無理はない。


『NO THANK YOU』に込められたメッセージを映像で表現した10分間のショートフィルム

加えて、そういった活動スタイルに共鳴できるくらいに、現在のシムズが業界に対し負の感情を抱いている点も大きい。というのも、今年シムズはアメリカツアーの中止を余儀なくされ、7年間も苦楽をともにしたマネージャーと関係を絶ったからだ。後者については詳細を語っていないが、前者に関してははっきりと次のような弁明を果たしている――「私はインディペンデントアーティストなので、ライブのすべての費用を自費で支払っている。1カ月間アメリカをツアーすると莫大な赤字になる。現時点でファンの方々に会えないのは辛いが、私はその精神的ストレスに耐えることはできない」と。

2021年にリリースした『Sometimes I Might Be Introvert』が全世界で批評的成功をおさめ、2022年の10月にはマーキュリー賞までをも受賞したシムズだが、契約面・経済面においては苦難が続いている。今回の新作『NO THANK YOU』は――随分と機嫌の悪いアルバムタイトルから推測される通り――まさにそのような不満と怒りが全面的に表出した作品なのだ。

けれども、あなたは再生ボタンを押した瞬間奇妙な感覚に陥るだろう。前作の1曲目「Introvert」で見せたオーケストラを駆使しての大仰な威風は影を潜め、「Angel」では心地よいラブソングのようなサウンドが漂う。無造作に撮られたアルバムジャケットも含めて、そのラフなニュアンスが権威や地位といったものを遠ざけるような姿勢を浮き彫りにしている。実際、穏やかなビートに乗るリリックはかなり踏み込んだ記述になっている。“I can see how an artist can get tainted/Frustrated/They don’t care if your mental is on the brink of something dark as long as your cutting somebody’s payslip/And sending their kids to private school in a spaceship/Yeah, I refuse to be on a slave ship”と、レコード会社に対し「アーティストが汚染されている、苛立たしい」「お前らの給料を下げろ」と明確に主張するシムズ。原盤を所有する会社員たちを奴隷の主人に見立てたリリックは、今のシムズが抱いている心境をそのままに綴ったものに違いない。



以降も、シムズの鋭いラップは止まらない。ジュラシック5のベースラインをサンプリングした「Gorilla」では“We got, the just do’s for the work we put in over a decade in this bitch you know”“Higher, going higher”と自らを高揚させたのちに、「No Merci」では“I was down and out had my bank account untamed/Trusting of the people billing every call made/Everybody here getting money off my name/Irony is I’m the only one not getting paid”と嘆く。皮肉にも自分だけが金銭を得ていないことを直接的に訴えるのだ。

 
 
 
 

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