陪審員を惑わすイケメン極悪人、映画のような脱獄〜逃走の一部始終 米【長文ルポ】

ホセイン・ナイエリ

モハーベ砂漠で拘束された男女が発見された。だがそれは誘拐、暴行、ハイウェイ逃走劇、脱獄、極秘身柄引き渡し計画など、欲にまみれた物語の序章に過ぎなかった。

マイケルさんが目を覚ますと、銃身の短い連射式散弾銃の銃口を突きつけられていた。雲ひとつない10月の暖かい夜、時刻は深夜をとうに過ぎていた。場所は南カリフォルニアの海岸沿い。医療用マリファナ販売所のオーナーだった28歳のマイケルさんは――部屋を借りていたニューポートピーチのバンガローのソファでうたた寝していた――武器を払いのけようと身を乗り出した。スキーマスクを被った侵入者は銃越しに彼につかみかかった。別の男が部屋に入ってきた。そこから暴行が始まった。

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最初の男は銃の台座でマイケルさんの頭を殴った後、今度は拳で殴り始めた。マイケルさんの鼻は血だらけだった。後から来た男がマイケルさんの首を掴んでヘッドロックした。マイケルさんは失禁した状態で気を失った。

2人の男はマイケルさんに目隠しとさるぐつわをし、足首と手首を結束バンドで縛って、マイケルさんを階下に引きずっていった。階段を下りるたびにマイケルさんの頭がぶつかった。侵入者は痛めつけることに余念がなかった。2人は階段の下の廊下――ルームメイトのメアリーさんの隣にマイケルさんを放り投げた。メアリーさんは横向きで横たわり、やはり結束バンドで縛られ、目隠しされていた。口はガムテープでふさがれていた。

少し前、黒のヨガパンツとパジャマ姿のメアリーさん(当時53歳)は首の後ろに冷たい銃身を感じて目が覚めた。「あんたのせいじゃない」と、侵入者は囁いた。「抵抗するのはやめときな、痛い目に遭いたくないだろう」

男たちはバンガローの2階を荒らし回った。1人が一瞬マイケルさんのさるぐつわを外し、「金はどこだ?」と尋ねた。

「部屋の靴下の中に2000ドルある」とマイケルさんが答えた。

「それじゃ足りねえんだよ!」

侵入者が引き出しを放り投げ、クローゼットの中身をぶちまける音がマイケルさんとメアリーさんの耳に届いた。3人目の男が家の裏にあるガレージを開け、メアリーさんの恋人が所有する黒のマセラティをバックで出庫した後、白いワゴン車をバックで入庫した。メアリーさんはのちに「恐怖でいっぱい」だったと証言している。「彼らは私たちをどこかに連れて行くつもりでした。殺されると思いました」

誘拐犯はマイケルさんとメアリーさんをワゴン車の床に押し込んだ。マイケルさんの目隠しが少し上にずれ、窓にマリファナ業界ではおなじみのパンダペーパーが張ってあるのがちらりと見えた――グローライトを反射するために内側は白く、通行人から見えないように外側は黒くなっている。

ワゴン車は街を疾走した。だが犯行は計画通りには進まなかった。途中で給油しなければならなかったのだ。マイケルさんがタンクにガソリンの溜まる音を聞いている間、男の1人が「何も言うなよ」と言い、マイケルさんにナイフを突きつけた。車が高速に入ると拷問が始まった。

メアリーさんの耳に、固くしたゴムホースがマイケルさんの足の裏を叩く音が聞こえた。スタンガンの電気音に続いて、身体が痙攣する音がした。痙攣のせいで、マイケルさんの足がメアリーさんに当たった。「女に触れるな」と主犯格の男が言い、再びマイケルさんを殴った。パンツのおもらしが臭いとマイケルさんをからかい、「プッシー」と呼びながら。

ここまで犯人の英語に目立った特徴はなかったが、ここへきて下卑たメキシコなまりに変わった――「アニメの『スピーディー・ゴンザレス』とか、そんなような感じでした」とメアリーさんは裁判で振り返った。1人がリーダー風を吹かせていた。その男はマイケルさんを「バカなクソ白人の若造」と呼び、「プート」――スペイン語の俗語で「クソ」の意味――と揶揄した。「お前のちっぽけな販売所のおかげで、こちとら商売あがったりだ」と男は言った。「俺の雇い主が、お前さんの百万ドルをご所望だ」

「100万ドルなんて持ってないぞ!」とマイケルさんが叫んだ。

「いやいや、持ってるはずだ」

マイケルさんは犯人に、近くのサンタ・アナにある大麻販売所からありったけもっていけばいい、と持ちかけた――ハッパと現金3万ドルを持っていけ。だが男たちの怒りは増す一方で、金を埋めた場所を白状しないと家族や恋人を痛い目に遭わせるぞと脅した。男たちはマイケルさんの恋人が赤毛で、フォルクスワーゲン・ジェッタを運転していることを知っていた。両親の家の住所も知っていた。

男たちはマイケルさんがとうてい答えられない質問を延々と繰り返した。「金を埋めた場所はどこだ?!」 マイケルさんは頭をフル回転させた。100万ドルなどという金とは縁がなかったし、これほどの暴力が正当化できるような揉め事を誰かと起こしたこともなかった。男の1人がガスバーナーに火をつけ、マイケルさんの身体を焼き始めた。

2時間後、ワゴン車はスピードを落とし、ようやく高速を降りると、砂利道をくねくね登って行った。犯人グループは車を停め、ドアを開けてマイケルさんとメアリーさんをモハーベ砂漠の上に放り出した。夜明け前の砂漠は肌を刺すほどに冷たかった。他の2人よりもずば抜けてサディスティックな主犯格が、雇い主に100万ドルが渡らないとお前たちを殺すはめになる、とマイケルさんに言った。そして命令が響き渡った。「ヤツの頭を撃て!」

だが銃声は聞こえなかった。代わりにメアリーさんの耳には、携帯電話で話しているのだろうか、主犯格が遠くで話す声が聞こえてきた。ところどころ嘘くさいスペインなまりが混じっていた。男がマイケルさんのところへ戻ってきた。「ボスに手土産が必要だ」と男は言った。「雇い主からの命令だ、100万ドルが手に入らないなら、ヤツのイチモツを持って帰ってこいとさ」

犯人たちはマイケルさんのパンツを引き下ろし、ペニスの根本を結束バンドで締めた。犯人の1人がキッチンナイフを取り出し、切断し始めた。動きに合わせて「ギッタン、バッコン、ギッタン、バッコン」と節回しをつけながら。

ものの1分もかからなかった。

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メアリーさんとマイケルさんが発見された朝、モハーベ砂漠の犯行現場

マイケルさんは気を失った。だが燃えるような痛みで意識を取り戻した。犯人らは彼の身体に液体をかけていた。「僕を丸焼きにするつもりなら、いっそ銃で撃ってくれ」と彼は懇願した。だが液体はガソリンではなく、漂白剤だった。アザというアザの部分に漂白剤が浸み込んで、肉が焼けただれていたのだ。

その時男の1人がメアリーさんに近づいてきて、彼女の手にナイフを押し付けた。「今からこれを掴んで、遠くに投げるからな」と男は彼女に言った。男の声には薄ら笑いがにじんでいた。「ナイフまでたどり着いて結束バンドを切断できたら……今日のあんたはツイてるぜ」

こうした残忍な誘拐と人体切断の黒幕は誰なのか?

Rolling Stone Japan編集部

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