U2やボウイを撮った写真家が語る、アーティストの「神話」彩るビジュアルの役割

ヒプノシスのメンバーのひとりである「ポー」ことオーブリー・パウエル。アントン・コービン監督のドキュメンタリー映画『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』のワンシーンより。(COURTESY OF SUNDANCE INSTITUTE)

英国出身の「ポー」ことオーブリー・パウエルとストーム・ソーガソンは、牛のジャケットでお馴染みのピンク・フロイドのアルバム『原子心母』(1970年)に代表されるコンセプチュアルなアルバムジャケットを手がけた先駆者的存在である。後にスロッビング・グリッスルを結成するアーティストのピーター・クリストファーソンとともにふたりが立ち上げたグラフィックデザインチーム「ヒプノシス」は、1960年代後半から1970年代にかけて一目で彼らの作品とわかる、とびきりぶっ飛んだ斬新な作品を世に送り出したことで知られる。

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ピンク・フロイドのアルバム『狂気』(1973年)を象徴するプリズムのアートワークはヒプノシスによるものだ。脱獄犯に扮したポール・マッカートニーたちにライトが当たる瞬間を捉えたポール・マッカートニー&ウィングスのアルバム『Band on the Run』(1973年)もヒプノシスの作品。亜麻色の髪の子供たちが異教徒的な原始のいけにえの儀式に向かおうとしているかのようなレッド・ツェッペリンのアルバム『聖なる館』(1973年)もそうだ。この傑作アートワークは、英国のSF作家アーサー・C・クラークの長編小説『幼少期の終わり』にオマージュを捧げるという当初のコンセプトが頓挫した後に生まれたものだ。

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アントン・コービン監督のドキュメンタリー映画『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』は、パウエルとソーガソンの功績とともにジャケットのアートワーク制作と切っても切れない、観る人の正気度を試すようなバックストーリーやふたりのパートナーシップを支え続けた愛憎関係を掘り下げながら、ヒプノシスの隆盛と衰退を描いた作品だ。オランダ生まれのフォトグラファーとして数々のアーティスト(ジョイ・ディヴィジョン、デヴィッド・ボウイ、メタリカ、U2などを被写体とした作品もぜひご覧いただきたい)をカメラに収めてきたコービン監督は、インタビューやエピソード、アーカイブ映像などを紡ぎ合わせて、はみ出し者のふたりのグラフィックデザイナーから見た世界をオーディエンスに提示する。

1月19日から29日にかけて米国ユタ州で開催されたサンダンス映画祭で『Squaring the Circle (The Story of Hipgnosis)』(米国での劇場公開は今春予定、日本では未定)が上映される直前、ローリングストーン誌はコービン監督にインタビューを行った。本作を手がけた理由やアルバムジャケットの衰退とともに私たちが失ったもの、ヒプノシスの作品がいまも監督にインスピレーションを与え続ける理由などを語ってもらった。



ーアルバムジャケットのデザイナーとしてヒプノシスをはじめて意識したのは、いつのことですか? 『狂気』のジャケットは有名ですが、それが誰の作品であるかを知っている人はあまりいませんよね。

私が写真を撮りはじめたのは、音楽という世界に近づきたかったからなんだ。その頃は、音楽雑誌に使ってもらえるような写真を撮りたいと思っていた。やがて、レコードのスリーブの写真も任されるようになった。当時はまだ、ファインアート・フォトグラフィー(芸術写真)というものは存在しなかった。たしか1960年代にロバート・フランクがベルリンで大規模な展覧会を開催したと記憶しているが、それはあくまで例外的なことだ。芸術学校に入学しようとしても、写真だけでは入れてもらえない。他のこともできないといけなかった。

だが、1970年に私はすでにレコードのスリーブに目をつけていた。そのため、初期の頃からヒプノシスのことは知っている。最初に見たジャケットが何だったかは覚えていない。『狂気』ではないことは確かだが、もしかしたら『原子心母』だったかもしれない。『原子心母』のジャケットはいま見ても最高だ。ジャケットに牛だけをのせるという大胆な発想がたまらないね。

ージャケットにはバンド名さえのっていません。ただ牛だけが写っているだけですね。

そうなんだ。当初からジャケットにはピンク・フロイドの名前はなかった。本作の劇中に登場するサンセット大通りの広告板を思い出してほしい。ビンク・フロイドは、広告板からもバンド名を外してほしいと言っていた。本来は、牛だけの広告になるはずだったんだ。

ー牛の写真を使って、牛が表紙のアルバムのプロモーションを行う。考えてみると、理にかなっているように思えますが。

アメリカ人はわかりやすいものが好きだ。残念なことにね。ヨーロッパの人は、いろんな解釈に対してもっとオープンだ。

ーどの段階でオーブリー・パウエルとストーム・ソーガソン、そしてヒプノシスに関するドキュメンタリーをつくろうと思ったのですか?

実際、ポー(オーブリー・パウエル)が私の家のドアをノックしたんだ。いまから数年前のことだが、私に会いにアムステルダムまで来てくれた。ヒプノシスの歴史を描いたドキュメンタリーをつくってくれないかと言われた。その場では即答できなかった。だが、ポーの話を聞き、彼らが手がけたアルバムジャケットの作品集を見ているうちにやってもいいという気持ちになった。ポーは、自分のストーリーを売り込むことに長けた優秀なセールスマンだ(笑)。熱意にもあふれている。

ドキュメンタリーに取り掛かるや否や、新型コロナが世界を襲った。インタビューをするのが不可能になってしまった。劇中に登場するアーティストのほとんどは80歳近いからね。当然、彼らはインタビューに対してかなり慎重だった。「ダメです、自宅でのインタビューは行えません。あなたの自宅でのインタビューもナシです。ご理解ください」と断られてしまった(笑)。最終的には、希望していたアーティストはほとんどインタビューすることができた。10ccのケヴィン・ゴドレイにインタビューできなかったのが心残りだけど。グレアム(・グールドマン)よりは、私の方が少しだけケヴィンのことを知っているからね。何はともあれ、こうして完成までこぎつけた。


サンダンス映画祭でのアントン・コービン監督、2023年1月20日米国ユタ州パークシティにて。PRESLEY ANN/GETTY IMAGES

Translated by Shoko Natori

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