『Transference』はスプーンの7枚目のアルバムだ。歯切れのいいギターが特徴の「The Mystery Zone」、ざっくりとした甘い味わいの「Written in Reverse」といった楽曲に、雰囲気を湛えた清涼感のあるヴォーカルが彩りを添える。  アルバムの全体的な評価という点では、精緻な統一性、ライヴ感のある起爆力、アシッド色のあるブリット・ポップの雰囲気を併せ持った前作『Ga Ga Ga Ga Ga』に軍配が上がる。前作ほどの一貫性を保ってはいない。しかし、彼らにとって最高の作品と思えるようなポイントが随所で登場するのだ。  ブリット・ダニエル(ヴォーカル/ギター)のスマートかつ奇妙でワイルドなソングライティングと、流されずそこにとどまろうとする、ほかのメンバーの骨太なアプローチとのバランスが、アルバムのなかで絶え間なく変わっていくのである。  本作はダニエルのアート・ポップ的な野心とバンドの強みであるポップさが組み合わさった、刺激的で勢いのある作品だ。「Got Nuffin」は、シャープなコード変化とシンガロングの醍醐味が味わえる、ダーティで不協和音の浮遊感がある曲。アルバムの幕開けを飾る「Before Destruction」は、ソフトかつ大胆に責めてくる。一聴すると、まるでダニエルがバッド・フィンガーとレディオヘッドの古い曲の切れ端を繋ぎ合わせて作った曲のようだ。彼はハイトーンで苦悩をつぶやく。“僕は信じたい/今、もう一度だけ信じたい”。背後には陰気にハイハット・シンバルが軋む音、低い持続音を上げるキーボードとひんやりとしたコーラスが鳴っている。だがそれらが積み重なって、ダークさに浸る愉しみが生まれる。  スプーンは“テキサスの若いピクシーズ”というような立ち位置でスタートしたバンドだが、その根底にあるのは古典志向であり、粗野さという特性とポップ・ソングのあざとさを兼ね備えた点で、初期のジョン・レノンやポール・マッカートニーに通じるものがある。  「Written in Reverse」は、マッカートニーによる史上初のガレージ・バンド、ウィングスの勢いと賑やかさを彷彿とさせる。「I Saw the Light」は、ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンドによる70年の曲「悟り」の怠惰な息子のごときムードで始まる——ずっしりとした弦とドラムを従えダニエルが歌う。“僕は不死身のように感じた”と。  だが、このような直接的な表現はレアなケースである。もともとダニエルは、歌詞に盛りこんだ告白的なフレーズと論点を、より抽象的な言葉遊びによって歌うのを好むタイプ。だが『Transference』でのスプーンは、ダイレクトで生き生きとした感覚を頻繁に見せる。“そして僕は世界に出ていく”とダニエルは「I Saw the Light」で歌う。“僕のような例を、この世界で作るんだ”。このバンドでの17年間といまだに衰えないスピリットを感じさせる、素晴らしい一節だ。

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