1993年から2003年にかけ、プロデューサーのリック・ルービンとジョニー・キャッシュは、削ぎ落とした音とキャッシュのいぶし銀のバリトンだけ、というシンプルな音楽を手掛けた。キャッシュは不吉な、死を予感させるアパラチアン・バラードから、スタンダードな近年のロック・ソングを自在に行き来する。ルービン/キャッシュによるレーベル、アメリカン・レコーディングスが送る本作は、キャッシュがこの世を去る数カ月前に録音されたものだ。装飾をさらに取り去っている点で、従来とは様式が少し異なる。シェリル・クロウの「救いの日」、ボブ・ノーランの「クール・ウォーター」、祝福の祈りのごとき「I Corinthians 15:55」(オリジナル曲)では、歌声とアコースティック・ギターの音色、きわめてミニマルなピアノ、ハープシコードやオルガンなどによって構成されている。 「Ain't No Grave」(オリジナル曲)の終盤では、キャッシュの最期が近づいている様子が伝わってくる。彼の深みのある低声が、次第にかすれ細っていく。だが、その男は確実にこの作品に生き、絶妙な言いまわしの才を発揮して、ハワイのスタンダード「アロハ・オエ」を誘惑の曲へと変える。彼は、死に対して覚悟を決めているようだ。“ただひとつだけ確かなことは、もしその時が訪れたら”と彼は歌う。“この古い世界を満ち足りた心で去るだろう”と。

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