本作は16歳のジャスティン・ビーバーによる、ありふれたハミングで始まる。これが古き良き時代のドゥーワップに聴こえたとしても、偶然ではない。ビーバーによるチャート急浮上中のシングル「ベイビー feat. リュダクリス」は、意図的かつ周到に時代を逆行している。シンセが繰り出すコード進行にご注目あれ。まるで若き日のおじいちゃんがガールフレンドと見つめ合っている時に、ジュークボックスから流れてくる音楽のようではないか。これは単なる甘ったるいティーン向けポップスではない。伝統的かつ崇高なティーン向けポップスなのだ。
 マジメにビーバーと向き合おうとしない人々は、“2010年のティーン・ポップ入門書”という見かけの裏側にある、古典的な要素を見すごすことになる。50年代のドゥーワップ、ヒップホップ、ディスコ風のストリングスをブレンドした「ベイビー~」を手掛けたのは、「アンブレラ」(リアーナ)や「シングル・レディース」(ビヨンセ)を書いたザ・ドリームとトリッキー・スチュワート。「ラナウェイ・ラヴ」は、マイケル・ジャクソンに通じるような雰囲気のゴージャスなミッドテンポの曲で、夏のシングルには最適である。「サムバディー・トゥ・ラヴ」は弾けるようなユーロ・ディスコだ。
 最高のソングライター陣とプロデューサー陣、さらにはリュダクリスやショーン・キングストンといった豪華スターたちをゲストに迎えたこのアルバムに捨て曲はない。ポップ/R&Bのアルバムで弱点になりがちなバラードも、本作では「ネヴァー・レット・ユー・ゴー」「スタック・イン・ザ・モーメント」のように、恋愛の歌詞とキャッチーなコーラスによってむしろ強みになっている。
 とはいえ、ビーバーの才能はまだ完全に開花しているわけではない。彼は独特のスウィング感と絶妙のリズム感(おそらくアッシャーから伝授されたのだろう)を持っているが、鼻にかかった声はずっしりした重みに欠ける。そして、全体的にヴォーカルには音程補正がかかっているように聴こえる。デフジャムの若冠14歳の新人、ジェシカ・ジャレルとのデュエットでは、どちらが歌っているのか聴き分けがつかないくらいだ。
 だが、ビーバーは若きポップ・スターには欠かせない資質を備えている。それはパーソナリティ(個性)だ。彼には飾らない素直さと大胆さがあり、“空へ連れてってあげるよ/月を超え/宇宙を超えて”などというフレーズも、キュートで楽しげに感じられるのである。
 フレッシュなティーン・アイドルをお探しのパパとママにもオススメできる。だが、ビーバー嫌いには、彼のツイッターでの一言をどうぞ。「どうぞ僕のことを嫌ってくれるよう、きみたちの幸運を祈る」と。
※日本デビュー盤は『マイ・ワールド』『マイ・ワールド2.0』を合わせたスペシャル盤『マイ・ワールズ』。ここでのレビューは『マイ・ワールド2.0』に対してのもの。

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