イアン・ギランが語るディープ・パープルと歩んだ人生、「The Long Goodbye」の真意

「スモーク・オン・ザ・ウォーター」を生んだモントルーでの記憶

ー2018年7月4日、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演しましたが、感想を教えて下さい。

イアン:もうモントルーでは何度プレイしたか判らないけど、いつだってスペシャルな経験だよ。ジャズ・フェスティバルのプロモーター、クロード・ノブスが亡くなってしまったこともあって、今回は特にエモーショナルになった。いろんな思い出が蘇って、懐かしかったよ。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の歌詞にも出てくる“ファンキー・クロード” は伝説的なプロモーターで、モントルーには“クロード・ノブス通り”もあるんだ。彼は文字通り“ミスター・モントルー”だった。生命感に溢れていて、躍動感に満ちていて、ユーモアもあって……彼はどんなことでも実現させることが可能だった。モントルーでのショーは、ディープ・パープルの歴史に刻み込まれるライブになったよ。

ーフェスティバル開催中のモントルーは毎年、町中が音楽一色になりますね。

イアン:うん、夏になるとモントルーは別世界になるんだ。あまり良い比較ではないけど、 ディズニーランドみたいな感じだよ。町を挙げてエンターテインメントに専念しているという点でね。フェス開催中は独自の通貨を使ったり、街中でストリート・ミュージシャンが演奏していたり、酒場に入るとバンドが演奏している。町の人たちはみんなフレンドリーで、人生を楽しんでいるのが伝わってくるんだ。素晴らしいよ。

ディープ・パープル
Photo by Masanori Doi

ー『マシーン・ヘッド』(1972年)をレコーディングしたグランド・ホテルに、記念プレートを設置する式典が行われたそうですね。


イアン:そうなんだよ。午前11時から式典に出席して、地元マスコミのインタビューで話したりした。あのホテルに戻るのは久しぶりだったし、懐かしい思いでいっぱいだったよ。「スモーク・オン・ザ・ウォーター」の歌詞にも「we ended up at the Grand Hotel(俺たちはグランド・ホテルに落ち着いた)」という一節があるから、モントルーを訪れたことがない人でも名前を知っていたりする。

モントルーは基本的にサマー・リゾートだから1971年11月、『マシーン・ヘッド』をレコーディングしたときは、町全体が閉店状態だった。しかも当時、町の人々はみんなよそよそしかった。まあ、仕方ないよ。ロック・バンドが毎晩、夜通しデカい音で演奏しているんだからね(苦笑)。警察はしょっちゅう見回りに来て、何か理由を見つけて俺たちを追い出そうとしていた。それを助けてくれたのがクロードだったんだ。我々はグランド・ホテルに籠もってレコーディングしたよ。ベッドからマットレスを剥がして、それを壁に立てかけて防音壁の代わりにした。ローリング・ストーンズのモバイル・レコーディング・スタジオのトラックをホテル前に停めてね。アルバムの作業は数日で終わったよ。

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