過去への郷愁と未来への希望、18年前のAIR JAMから見た「AIR JAM 2018」

AIR JAM 2018に出演した Hi-STANDARD(Photo by AKASHI KONUMA)

2018年9月9日、ZOZOマリンスタジアムで開催されたHi-STANDARD主催の音楽イベント「AIR JAM 2018」。18年前、同じ場所でおこなわれた「AIR JAM 2000」では運営スタッフとして参加していたライターのDAが、この特別な一日について手記を寄せてくれた。

自分は千葉マリンスタジアム(当時)で開催されたAIR JAM 2000の頃、PIZZA OF DEATHでスタッフをしていた。まだフェスというものが定着していなかった時代ということもあり、この日は本当に様々なハプニングがあった。自分が担当した部分で話すと、招待客3000人をスタッフ3人で対応する、なんてことも(数時間後に増員されたけども)。

あれから18年。まさかのAIR JAM 2018開催である。9月9日、晴天。海浜幕張駅に着き会場へ向かう途中、顔馴染みのレコード会社スタッフに声をかけられた。道中を共にしながらの話題はやっぱり18年前のこと。彼もあの場にいたと言う。そして、こう告白した。「あの日をきっかけに“俺もそっちに行かないと”って思ったんスよね」つまり、AIR JAM 2000が彼を音楽業界へと向かわせたのだ。

その一方で、この日の打ち上げで会話を交わした初対面の少年は、目を輝かせながらこう言った。「僕が生まれた年にAIR JAM 2000があったんです! そんな伝説のフェスに来ることができて幸せです!」自分の想像を超えた発言に頭がクラクラした。日本のパンクの裾野はこんなにも広がっていたのだ。こんなふうに、会場に足を運んだ一人ひとりにそれぞれのドラマがあるんだろう。AIR JAMはただの夏の思い出にはならない。人一人の人生を揺れ動かすぐらいのパワーがあるんだ。

当然、この日の出演バンドからもそれぞれ思いがパフォーマンスを通して垣間見えた。唯一、2000から引き続いての出演となったBRAHMANはトップバッターを務め、90年代への懐かしさを軽く刺激しながらも、“今、これから”を強く意識したライブを展開。これ以上ないオープニングとなった。SiMはHi-STANDARDとこの会場に対する愛情を隠すことなく表現したし、他の若手バンドと同様に、ハイスタの背中を見て育った自分たちから目を離すなと言わんばかりに相当に気合いの入ったステージを見せた。

スタンドの空席を指差し、「あそこは今日来れなかった北海道人の席だからな」と言い放ったKO率いるSLANGはいつもと変わらぬ北の魂を見せつけたし、唯一のヒップホップアクトKOHHも大勢のパンクスを目の間に、リアルでヒリヒリするようなライムを叩きつけた。驚きの出演となったThe Birthdayもよかった。「ハイスタぁ、ありがとう!」というチバユウスケの言葉は、短いながら強く胸を打った。それぞれにぞれぞれの思いがありながら、皆、見ているのは過去ではなく、未来だった。自分も、過去への郷愁と未来への希望、このふたつが頭の中で常に入り乱れ、混乱しっぱなし。こんなのは初めての経験だった。

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