83歳のブルースマン、バディ・ガイがコロナ禍の生活とデモについて語る

昔のブルースマンはもう多く残っていない

―3月12日にカリフォルニアでライブを行ないました。あのときの雰囲気はどうでしたか?

そうだな、あのときはカリフォルニアを出てアリゾナに向かった。アリゾナの会場に電話して確認したら「来てくれ」って言われてね。そうしたらすぐに州知事が全部閉鎖すると宣言した。だから空港に向かって、それ以来ずっと自宅にいるよ。

(それ以前は)まったく大丈夫だったよ。正直な話、昔のブルースマンはもう多く残っていない。それが現実だ。マディやB.B.など、古き良き偉大なブルース・プレイヤーたちと一緒に出てきた連中はもう多くない。みんな、逝っちまったからね。私が最後に残った一人か二人の一人になってしまったから、たぶん、だからこそ、みんなが「今のうちに観ておかないと」と言って観に来てくれるんだと思う。だって、それこそ、次の誕生日がきたら私は84歳になるんだよ。その歳になると、みんな「彼を観ておいた方がいい」ってなる。だって84なんだから、この先いつまでプレイできるかわからないし、「もう疲れた」って言う可能性もあるからね。ただ、私は演奏できるかぎりはやるし、お客は絶対に騙さない。彼らに100%の演奏をするよ。またライブをやる。でもこの先いつまでライブができるかは誰にもわからないよな。

―このウイルスが感染する前、あなたが継続的にツアーを続けていたモチベーションは何だったのですか?

世間に怒りを向けている人が世の中にはいる。でも私が音楽を演奏すると、そういう連中が微笑むのが見えるんだ。そして「君がこの音符をプレイする前に笑顔だったかは覚えてないけど、もしかしたら私のギターが君の怒りを鎮めたのかもしれないな」って私は心の中で思う。そして、自分の中の60〜80%が「バディ、ほら、行って演奏しな」って言うんだ。だって、観客が会場に行ってサポートする価値があると思えば私に演奏する機会が与えられるわけで、その1時間でも2時間でも何でも、私の演奏を聴いて彼らは楽しめるわけだよ。

―もうすぐ84歳だからこそ「彼らはもうすぐコンサートを再開する。だって私はできるだけ長く演奏したいから」と思いますか?

ああ、そうだね、このウイルスが出現する前はそう思っていた。招待されたらどこへでも行ったもの。ライブを休んだのは一度だけだ。東京に行ったときで、病気になってしまい、医師に「ダメだ」と言われてね。でもちゃんと埋め合わせはしたよ。病気が治ったらすぐに東京に戻ってライブをやった。だから、ライブを休んだのは後にも先にもあの一回だけ。

さっきも言ったが、私はこれに人生を捧げてきた。今ではブルース・プレイヤーは多く残っていない。サテライトがない限り、ラジオも私たちの音楽を流さない。ラジオ局で流してもらうためには、そのラジオ局に大きな局がブルースを流していた頃を知る人がいなくてはいけない。B.B.キングやライトニング・ホプキンスなど、50年代後半から60年代前半にイギリス人がブルースを演奏するきっかけとなった影響力のあるブルースマンたちの音楽を知っている人がね。彼らはもうこの世にはいないから、できるだけ遠くまで私がたいまつを持っていかないと。

早くワクチンができるといい。そうすればライブ活動に戻って、元気に生きていることをみんなに伝えられるし、ブルースの息吹も絶やさないようにできる。サテライト・ラジオでB.B.キングが他界する前にちょっとしたコマーシャルを作っていたんだ。そこで彼は「ブルースの息吹を絶やさないようにしているだけだ」と言っていた。

―今ワクチンと言いましたが、ワクチンが完成すればツアーに戻るということですか?

シカゴで一番大きなブルース・クラブを持っていて、ほんと、君と同じように私もこの世界にどっぷり浸かっている。何が起きてもそれに対処しなきゃいけないんだ。ライブに呼ばれたときに何が必要かなんて条件は一切言っていない。とにかく、他の人と同じで、私もマスクをするだけだね。今は要請に従って自宅にいる。これがどれだけ効果的か、誰にもわからないしね。

Translated by Miki Nakayama

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