Disney+追加料金で『ムーラン』独占配信 「サブスク」ビジネスの新しい挑戦

無料会員を対象とした標準的な有料コンテンツであれ、既存の有料会員を対象とした追加料金が必要なコンテンツであれ、特別なコンテンツへのアクセスを期間限定にするといった戦略に代表されるように、新型コロナウイルスのパンデミックは、音楽の価格実験においてうってつけの機会となったのではないだろうか?

デジタル上の著作権侵害がCDのグローバル収益に大打撃を与えてからまだ15年が経たないなか、こうした判断の正当性を問う人もいるだろう。そんな人々には、改めて次のように言わせてほしい。外出自粛が始まって以来、米国における映画の著作権侵害が41パーセントに急増したにもかかわらず、ディズニーはこうした状況に対して楽観的であるということを。

ムーラン流の試みが音楽業界にとっても有益であるという証拠もある。たとえば、テイラー・スウィフトが8月初頭にリリースしたナンバー1アルバム『フォークロア』の8種類のデラックス盤のフィジカル商品を見てほしい。それだけでなく、BTSの新曲「Dynamite」のMVは、発表から24時間以内にYouTubeで1億回以上再生された。こうした例は、トップスターのなかには、ファンを利用したビジネスを最適化するために大々的なリリースの際に差別化された特別なデジタル価格を設定できるだけの影響力を持つアーティストがいることを示している。

音楽業界のチャートは、変化の起爆剤にはならないかもしれない。というのも、こうしたチャートは収益を完全に反映したものではないからだ。標準的なダウンロード版のアルバムと比べて高価なデラックス盤を売ることでテイラー・スウィフトに追加の「売り上げ」が入るわけではない。観客一人ひとりが払ったチケット代が興行成績ランキングに反映される映画業界とは、状況が異なるのだ。

音楽業界とディズニーの戦略の最大の違いは、重要な2点に集約される。ひとつは、そもそも映画ファンは大々的な新作を無料で(それも合法的に)観られるなんて思っていないことだ。それに対し、音楽ファンはSpotifyやYouTubeといった無料メディアに慣れ親しんでいる。

もうひとつは、音楽業界がコンテンツの所有者と配給者によっていまだに分断されていること。両者の意見が一致するのは不可能であり、ディズニーが試みたような大胆な実験も決して行われない。映画館の経営者たちが上映を無視するディズニーのムーラン戦略を「クソくらえ」と呼んでいるように、同様の緊張関係は映画業界にも存在する。だが、Disney+の独り勝ちによって影響力の地殻は決定的にシフトしてしまったようだ。

・Spotifyで生計立てるのは「夢のまた夢」 データから見える収入格差の実態

決算発表で『ムーラン』のリリースを発表したチャペック氏は、次のように述べた。「自社プラットフォームがあれば、どんなことにもチャレンジできるのです」。大手レコード会社の投資家たちが聞いたら、悔し涙を流すことだろう。


ティム・インガムはMusic Business Worldwideの創業者兼発行人。2015年の創業以来、世界の音楽業界の最新ニュース、データ分析、雇用情報などを提供している。ローリングストーン誌に毎週コラムを連載中。
From Rolling Stone 

Translated by Shoko Natori

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