内省的かつエネルギッシュ、ブルース・スプリングスティーンの魅力が詰まった初監督映画

 
内省的なモードと稲妻のようなエネルギー

コンサートフィルムとしての『ウエスタン・スターズ』は、同アルバムからの曲群がライブ映えすることを証明している。音源でスプリングスティーンは、ジミー・ウェッブを思わせるライトなカントリー&ウエスタン、ブライアン・ウィルソン風のバロックポップ、エヴァリー・ブラザーズ譲りの囁くような歌い方、ハリー・ニルソンのクラシック作のようなアレンジ(「ハロー・サンシャイン」のイントロの軽快なシャッフルビートを聴いた時点で、最初のラインが「誰もが俺に話しかけてくる」であることを予想できたリスナーは少なくないはずだ)等、これまでとは異なる様々なスタイルに挑戦している。しかし、彼がステージ上でこれらの楽曲をプレイするところを見れば、彼がそういった影響を完全に消化し、紛うことなきスプリングスティーン・サウンドへと昇華させていることがわかる。ワインボトルのコルクを抜くかのように、多くの曲が思い切りよく幕を開け、ストリングス隊の華やかなパフォーマンスや、彼の妻でありギタリストのパティ・スキャルファ(「ストーンズ」でのブルースとの掛け合いは、音源とは異なる深みを生み出している)等は、彼の魅力を最大限に引き出してみせる。

これらの曲のライブバージョンは単体としてではなく、全体の一部として捉えるべきだろう。バックバンドのメンバーたちと一心同体となったシンガーというコンセプトは、アルバムのテーマとも見事に一致する(幸運なことに、本作のサウンドトラックは別途リリースされることになっている。同作にはショーの最後に半ば思いつきで披露された、グレン・キャンベルの「ラインストーン・カウボーイ」のゴージャスなカバーも収録されている。バンドが同曲をプレイすることはジムニーも把握しておらず、ステージの側でカメラマンがスタンバイしていたことは幸運だったという)。

本作にはパフォーマンス映像のほか、ヨシュア・トゥリー付近の砂漠をあてもなく歩き回るスプリングスティーンが、アルバム収録曲のバックグラウンドや、禁欲的な一匹狼というイメージと家庭的な一面という矛盾を受け入れるまでの過程について語るシーンが登場する。ここではストイックそのものな彼の姿も大いに堪能できるほか、若かりし日のスプリングスティーンの勇姿や、ジムニーとスキャルファがアーカイブの中から見つけた新婚旅行の様子を収めたスーパー8フィルムの一部も目にすることができる。

彼はスマートなジョークを飛ばし(「19枚もアルバムを出していながら、俺は今だにクルマについて歌ってる」)、時には内省的になってニュアンスに満ちた発言をする(「暗闇の中を進んでいく。朝日はそこにあるからだ」)。古くからのファンに言わせれば、後者のような部分こそが彼をスプリングスティーンたらしめるのかもしれない。これらはすべて、彼が自分自身と向き合い続けた過去数年間で経験したことの一部なのだろう。彼はQ&Aの場で、本作が2016年発表の『ボーン・トゥ・ラン ブルース・スプリングスティーン自伝』や、2018年のブロードウェイでのレジデンシー公演でさえ語られなかった「物語の最後の部分」であることを認めた。今の彼には内省的なモードが似合っているし、作品の方向性がこういったものになるのであれば尚更だ。本作はアルバムで彼が伝えようとしたことを補完するものであり、その目的は見事に達成されたと言っていい。

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だが本作『ウエスタン・スターズ』は、決して感傷的な作品ではない。多くのコンサートムービーがそうであるように、本作は稲妻のようなエネルギーを真空保存することに成功している。50年以上にわたって活動を続ける彼が、揺るぎない芯を保ったまま前に進み続ける姿は、観る者の胸を熱くさせてくれる。それでいて本作は、常にスポットライトを浴び続けてきた男が、ステージ以外の場所で心の平穏を得られるようになるまでの過程を描いた、極めてパーソナルなドキュメントでもあるのだ。

Translated by Masaaki Yoshida

 
 
 
 

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