誰もが天才と認める音楽の申し子、タッシュ・サルタナの知られざる葛藤

「自分のことが信じられなくなっていた」

サルタナは今、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。楽曲のストリーミング回数は10億回を超え、世界中で行われるショーは軒並みソールドアウトだ。だが、ブレイクのきっかけとなった2017年発表のシングル「ジャングル」(2017年)、そして『Notion EP』(2016年)というダブルプラチナを記録した2作を発表する前から、サルタナは時に自信を喪失してしまいそうになると告白していた。完売となったシドニーでの公演を成功させたばかりの今日でさえ、サルタナは昨夜のオーディエンスがショーを楽しんでいたかどうかを、筆者に再三尋ねていた。彼らがソーシャルディスタンスを保ちつつ、席から何度も立ち上がって体を揺らしていたことを伝えると、サルタナは真剣な眼差しを向けてきた。

昨年の2月以来初めてのライブだったことを考えれば(13歳の時以来、それほど長いブランクを経験したことは一度もなかったという)、公演に対する反響を何度か確かめたくなるのはごく自然なことだろう。しかしサルタナは、何カ月も続いたCOVIDに起因する自身喪失の恐怖を克服したようだった。過酷なツアースケジュールから解放されたことに、サルタナは安堵さえ覚えているように見えた。過去4年間、スタジオでのレコーディングを除けば、スケジュールはツアー日程で埋め尽くされていた。それが突然白紙となり、影響がないはずはなかった。

「地中深くに堕ちていくように感じてた。延々と続くツアーで疲れ切っていて、何もかもに対して敏感になり、悲しみを覚えてた」サルタナはそう話す。「自分の内面と向き合うのを怠っていたことに、その時初めて気がついた。自分のことが信じられなくなっていると感じた」



自己否定とも取れるその脆さは、先月リリースされた2ndアルバム『Terra Firma』のテーマでもある。「メイビー・ユーヴ・チェンジド」では、サルタナは弱さを曝け出している。胸を打つメロディーに乗せて紡がれる、「なぜもう信じてくれないのか」という言葉には思わず鳥肌が立つ。複数のシンクマネージャーが関心を示した同曲は、キャリアにおけるターニングポイントとなった。サルタナは、自分を信じなくなったのはファンではなく、自分自身であることに気付いた。

「自分のことが信じられなくなっていた」サルタナはそう告白する。「すべてを敵に回し、誰もが自分を憎んでいるように感じていて、自分には勝ち目がないと思った。でも、自分を嫌っていたのは自分自身だった。不可避な変化に気づいていながら、それに抗い続けてた」


コロラド州レッドロック野外劇場でのタッシュ・サルタナ、2019年9月25日撮影(Photo by Dara Munnis)

サルタナは今でも、時には無意識のうちに、自身の脆さと痛みに向き合っている。「ついこないだ、夢の中で祖父に会った」サルタナはそう話すと、椅子にもたれかかった。話に続きがあるのだろうかと考えていると、サルタナはこう続けた。「変な夢でさ。サソリと雪豹、それに黒豹が出てきた。サソリは自己嫌悪のモチーフで、自分の暗い部分を象徴してる。2匹の豹は陰と陽だよ」

「雪豹は自分にもっと優しくなる必要があることを示していて、黒豹はその逆のことを意味してる。この1年のせいで、持っていたはずの自信が失われてしまったことを指してるんだと思う。そこに祖父も出てきたんだ。昨日のショーの前に、そういう夢を見た」

Translated by Masaaki Yoshida

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE