ジョン・コルトレーンが今こそ重要な理由とは? 拡散していく「スピリチュアルな共感」

拡散していったコルトレーンの影響

『至上の愛』のリリース当時、口コミレヴェルの拡がりと支持の背景には、具体的にどのような受け止められ方があったのだろうか。そのことに関しては、同時代にジャズとは異なる領域で活動を始めた音楽家の話が本質を伝えているように思われる。

「どうやってその音楽が出来上がっているのか、彼がやっていることを何て表現したらいいのか分からなかったが、何か心に触れるものがあった——それは音楽的な感動でもあったし、スピリチュアルな共感でもあったと思う。周りで一緒に聴いている人たちには、ある種の精神的なつながりが感じられた。でも俺たちは音楽的な面から聴いていた。それを聴くとトランス状態に入ることができた」(ブーツィ・コリンズ ※1)



『至上の愛』のライナーノーツに「このアルバムは、神への謙虚な供物です」とコルトレーン自らが書き記したように、このアルバムは神への賛美に満ちていた。映画『チェイシング・トレーン』では、マッコイ・タイナーが「自分たちの音楽は神の贈り物だと思っていた。自己主張じゃなくて、上手いだろ、なんてエゴはない」と語るシーンもある。ただ、作家/評論家のナット・ヘントフがコルトレーンへのインタビューを元に書いた『Meditations』(1966年8月リリース)のライナーノーツには、「私はすべての宗教を信じる」というコルトレーンの発言がある。また、『Meditations』は『至上の愛』の延長線上にあり、音楽を通して瞑想に至る目的は変わらないことも述べられていた。特定の宗教ではない、普遍主義的な宗教観に基づくスピリチュアルな側面が、『至上の愛』に対するリスナーの共感を得たのは確かだろう。それは、スピリチュアルを安易に口にすることを憚れる無神論者にすら受け入れられる余地があった。もう一つ、重要な指摘がある。

「1965年頃、トロントで俺が付き合っていた白人の仲間たちはみなコルトレーンが好きだった。ブラッド・スウェット&ティアーズのリード・シンガーになったデヴィッド・クレイトン・トーマス、ジョニ・ミッチェル、ゴードン・ライトフット、ニール・ヤングなんかのことだ。そこで積んだ音楽的経験は素晴らしかった。みんなフォーク系のミュージシャンだ。フォークとジャズが手に手をとっていたんだ」(リック・ジェームス ※1)

リック・ジェームスは当時、ニール・ヤング、ブルース・パーマーと、マイナ・バーズというバンドで活動し、モータウンと契約を交わした。モータウン・サウンドとガレージ・ロックのユニークな融合は、バンドのマネージャーのトラブルでリリースに至らなかったが、その後、ヤングとパーマーはバッファロー・スプリングフィールドを結成し、ジェームスは70年代にモータウンと再契約を交わし、ファンクの時代に成功を収めた。こうしたフォークとジャズの結び付きは、ニューヨークやサンフランシスコでも見られたが、それは更にミニマル・ミュージックにも繋がる可能性を示唆していた。

「西海岸に出てきてから、昼間はルチアーノ・ベリオに学び、夜はジョン・コルトレーンが街に来るたびに聴きに行っていました。ジョン・コルトレーンからは一つのハーモニーで30分演奏できると、私は学んだのです」(スティーブ・ライヒ ※2)

ライヒの学びは、同じく西海岸で足繁くコルトレーンのライヴに通い、そのインプロヴィゼーションにトーン・クラスターを聴いたテリー・ライリーと繋がっている。ライリーは、後にニューヨークにいた頃、最晩年のコルトレーンのコンサートを聴いた。ダブル・ドラム、ダブル・ベースに、サンダースやドン・チェリーも参加した即興のオーケストラだったという。そして、こう述べている。

「この頃、彼は大きな音の壁からメロディーを生み出すというコンセプトを確立していました。(中略)彼のやっていることをとても評価していましたが、実際の音楽的なアイディアに関しては、やはり彼がクインテットでやっていたことにとても魅了されていました」(テリー・ライリー ※3)



ここに一つの分岐点が見られるように思う。スピリチュアルな共感を生み出した『至上の愛』に対して、新生クインテットの『Meditations』にも高揚感やインスピレーションを与える瞬間はあるが、次第にフリーキーでラウドな響きに向き合い始めた。そして、コルトレーン亡き後、クインテットから生まれた音楽が、ファラオ・サンダースやアリス・コルトレーンのスピリチュアル・ジャズと、ラシッド・アリのフリージャズに別れていく中で、スピリチュアルな共感の拡がりは散霧していったように思われる。それは、他のジャンルの、他の表現へと拡散していったとも言える。

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