プラシーボ 異質なUKバンドが語る音楽的実験、パラノイア、人類への失望

プラシーボ(Photo by Mads Perch)

 
9年ぶりのニューアルバム『Never Let Me Go』とともに音楽シーンに復帰するUKロックバンド、プラシーボ。フロントマンのブライアン・モルコと共同でソングライティングを手がけるステファン・オルスダルが、同作のコンセプトについて語ってくれた。

タバコとインセンスの分厚い煙の向こう側から、「最近のチェルノブイリの写真を見たことがあるか?」とブライアン・モルコから質問された。モルコと筆者のあいだに置かれたテーブルの上は、濃いブラックコーヒーが入ったカップで散らかっている。私たちは、イースト・ロンドンの居心地のいいスタジオにいる。歌詞を書くためロックダウン期間中にモルコが借りた一室の真下にあるこのスタジオは、プラシーボのような伝説的バンドのフロントマンと落ち合う場所というよりは、ヒッピーの溜まり場のようだ。いちばん大きな照明は消されていて、室内は薄暗い。ソファには模様入りのスローがかけられている。午前11時。「ブライアン(・モルコ)は、喫煙者だから」と筆者は事前に言われていた。

「(チェルノブイリでは)草木が生い茂り、野生動物たちが戻ってきた」とモルコは語る。脚を組み、指と指の間にタバコを挟む姿はいかにもエレガントだ。90年代半ば以降のプレス写真とまったく変わらない。「なぜって? 人間がいないからさ。まさに私が考える千年後の世界だ。動物たちがふたたび栄える星。だって私たちは、利益の名の下に地球を破壊しつづけてきじゃないか」

環境災害、資本主義の惨劇、人類全般に対する深い失望感——こうしたテーマが何度も話題にのぼるのは決して意外なことではない。なぜなら、これらはプラシーボにとって8作目のスタジオアルバムとなる新作『Never Let Me Go』の中核を担うものだから。アルバムジャケットのアートワークにあるのは、色とりどりの不思議な小石が並ぶ海岸線の風景だ。モルコがこの写真を知るようになったきっかけは、カリフォルニア州北部の浜辺に関する記事だった。調理器具から自動車に至るまで、ありとあらゆるものが捨てられるゴミ廃棄場と化していたこの場所は、60年代後半にようやく清掃され、すべてのゴミが撤去された。その際、地元の人々は海にもまれて角がなくなって丸くなったガラスの破片を発見した。こうしてアルバムのアートワークに見られる、万華鏡のような石の風景が誕生した。

「『自然の回復力に関する、なんて素晴らしいストーリーなんだ』と思った」とモルコは言う。「それと同時に、一生物種としての人類が食料を損ない、生きる場所を破壊していることについても考えた。そんなことをするのは人間だけだ。でも人間が姿を消し、十分な時間さえ与えられれば、自然はすべてを一掃する」


『Never Let Me Go』アートワーク



『Never Let Me Go』は、プラシーボにとって約9年ぶりの新作だ。その間、プラシーボは主にツアー活動を行っていた——新型コロナにストップをかけられるまでは。2013年リリースの前作『Loud Like Love』を提げたワールドツアーが終わると即座に次のツアーがはじまり、バンドは結成20周年という節目を迎えた。ゴシック・ロック好きのティーンエイジャー、大人になったはみ出し者たち、モルコの歌詞から「Special K」や「Burger Queen」の意味を学んだミレニアル世代たちといった熱狂的なファンにとって嬉しいことに、プラシーボは「Nancy Boy」や「Pure Morning」といった懐かしいヒットナンバーをツアーで披露した。2000年代半ば以来、はじめてのことだ。そして5年間の長いツアー活動を終えた彼らは、壁に突き当たった。バンドは完全にバラバラになってしまったかのように思えた。

「ツアー経験を理由に、このアルバムには懸念があった」と、モルコとソングライティングを手がける一方で複数の楽器を弾きこなすステファン・オルスダルは言った。「自分たちをゆっくりと死に追いやっているような気がしたんだ。それに、バンドとしての“余命”がどれくらいかもわからなかった。自分の中でも、もっとも自分に自信が持てない時期だった」

「私たちは、ついつい期待されたからにはそれを超える形で応えたいと思ってしまう。それが私たちの身体的・精神的な健康にどんな影響を与えるかはさておき。だからツアーを続けた」とモルコは言い添えた。「最終的には、世界中を転々とする猿回しのような気分になった。肉体と魂が切り離されてしまったかのように思えてきたんだ」

Translated by Shoko Natori

 
 
 
 

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