『Thriller』40周年 マイケル・ジャクソンの革新とモンスターアルバムの真相に迫る

 
『Thriller』収録曲がもつ影響力と普遍性

ショート・フィルムとの相乗効果で曲がヒットしたことも強調しておきたい。なかでも衝撃的だったのは、名匠ジョン・ランディスが監督した約14分におよぶ「Thriller」のミュージック・ビデオ、否、ショート・フィルムだ。近年はハロウィーン・ソングとしても定着し始めた「Thriller」は、イントロの不気味なSE(シングル版ではオミット)、怪奇映画の名優ヴィンセント・プライスによるナレーションと高笑いでホラー感を演出したシアトリカルなナンバーだが、ゾンビが踊るホラー映画風のショート・フィルムが曲をより身近に感じさせた。



第2弾シングルの「Billie Jean」がマイケル最長となる7週チャート首位をマークするキャリア最大のヒットとなったのも、当時黒人アーティストを冷遇していたMTVが同曲のショート・フィルムを頻繁に流し始めたことが大きい。加えて、1983年3月に行われたモータウン25周年記念コンサート(TV放映は同年5月)でマイケルが初めてムーンウォークを披露した時の曲だったことも「Billie Jean」を忘れ難いものにしている。もちろん曲の作り込みも凄かった。アタマから不敵にビートを刻み続けるンドゥグ・チャンクラーのドラム。地を這うように蠢くルイス・ジョンソンのベース。ビリー・ジーンと名乗る女性からストーカー被害を受ける心理とリンクするようなサスペンス感のあるシンセサイザーとストリングス。ヒカップや「ヒーヒーヒー」といった声を発しながらしゃくり上げるように歌うマイケル独特の唱法。それぞれのパートが際立つこれは、何度もミックスをやり直したというエンジニアのブルース・スウェディエンの苦労も偲ばれる。



その「Billie Jean」と並んで『Thriller』の看板曲となったのが、同じくR&B/ポップ両チャートで全米1位を記録した「Beat It」だ。クインシーから「ザ・ナックの〈My Sharona〉みたいな力強いロックンロールが一曲ほしいね」と言われてマイケルが書き上げたというエピソードも有名だろう。シンクラヴィアの導入も含めて次作『Bad』(1987年)に繋がるエッジを感じさせるこの曲は、スティーヴ・ルカサーのギター・リフとともにヴァン・ヘイレンのエディ・ヴァン・ヘイレンの荒ぶるギター・ソロがハードな曲のイメージを決定づけた。グラミー賞では「最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス」を獲得したが、こうして黒人のソウルと白人のロックを融合し、ジャンルや人種の壁を打ち破った曲が評価されることこそマイケルが望んでいたことだ。アル・ヤンコヴィックによるパロディ・ソング「Eat It」(1984年)を公認としたのも、そんな思いがあったからではないか。 「(争いから)逃げるが勝ち」といった非暴力のメッセージを込めたこの曲のショート・フィルム(監督はボブ・ジラルディ)もワイルドな群舞シーンが斬新だった。映画『ウエスト・サイド物語』(1961 年)に着想を得て、敵対する本物のストリート・ギャングたちを起用し、彼らをひとつにしたところにも分断を望まないマイケルの平和主義者としての一面が表れている。現代にも通用するメッセージと言えそうだ。



黒人と白人の連帯を望み、非暴力を唱えるマイケルらしさは、『Off The Wall』収録の「Girlfriend」に端を発するポール・マッカートニーとのデュエット「The Girl Is Mine」からも感じ取れる。後にマイケルの『Invincible』(2001年)にプロデューサーとして参加するロドニー・ジャーキンズがブランディ&モニカの「The Boy Is Mine」(1998年)でオマージュを捧げたこれは、ひとりの女の子を奪い合う曲。だが、終盤のトーク部分でマイケルは「喧嘩はよそうぜ/僕はファイターじゃなくラヴァーなんだ」と言う。デヴィッド・フォスターがシンセサイザー及びそのアレンジを担当したサウンドも柔和なAOR風で、ふたりの歌もほのぼのとしている。このシングルの成功(全米チャートR&B1位/ポップ2位)もあって、先にふたりで吹き込んでいた「Say Say Say」も1983年に大ヒットした。





AOR風のソフト路線では「Human Nature」も人気だ。スティーヴ・ポーカロが作曲し、彼を含めほぼTOTOのメンバーが演奏を担当したこれは、フェザータッチのボーカルや麗しいハーモニーも含め、マイケルのデリケートな側面を集約したような優美で幻想的なバラード。夜の街に自由に繰り出したいと願う歌詞はカーペンターズとの仕事で知られるジョン・ベティスが書いたもので、当時のマイケルの気持ちを汲み取ったかのよう。誹謗中傷に対する怒りを込めた「Wanna Be Startin’ Somethin’」、ストーカー被害に困惑する「Billie Jean」もそうだが、『Thriller』にはスターゆえに背負わされる理不尽や不自由、孤独が滲んでいる気がしてならない。





「Human Nature」は、全米チャートではポップ7位/R&B27位とまずまずの順位だったが、その成績以上にカバーやサンプリングを通してマイケルのレガシーが新しい世代に受け継がれていったという意味でも重要だろう。マイルス・デイヴィスによるカヴァー、そして何と言っても、マイケルの『Dangerous』(1991年)を手掛けたテディ・ライリーによるSWV「Right Here / Human Nature」(1993年)での大胆な引用は、R&Bやヒップホップにおけるマイケルの地位を絶対的なものにした。同様にロッド・テンパートンの作/アレンジとなる「The Lady In My Life」も、ボーイズIIメンを従えたLLクール・J「Hey Lover」(95年)でのサンプリング、マイアによる女性視点でのカバー「Man In My Life」(2000年)などで、未シングル化ながら人気を上げてきた。後のクワイエット・ストームに通じる雰囲気を持つこの曲での、クインシー言うところの“許しを乞うような”ボーカルも一途でたまらない。こうした唱法は、MJ流のダンスとともに、アッシャー、Ne-Yo、クリス・ブラウン、ジャスティン・ティンバーレイク、ザ・ウィークエンドといったマイケル・フォロワーたちによって継承されている。『Thriller』収録曲のカバーやサンプリングに関しては、WhoSampledなどのサイトを訪問して、その数の多さに驚いてほしい。




 
 
 
 

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