ホイットニー・ヒューストンという伝説の歌姫を称える伝記映画が誕生 

本作が可能な限りマイナスな要素を退けてポジティブな要素だけに焦点を置こうとする一方で、私たちはアッキーを通じてヒューストンのエゴや怒り、愛情への渇望、受容、情緒不安定な振る舞いの片鱗、さらにはアルコールや薬物依存といった闇——それもキャリアの終盤ではなく、キャリア全体を通して——を目の当たりにすることができる。たしかにヒューストンは天使の歌声を持っていたが、それでも彼女は人間なのだ、というのが本作の控えめなメッセージである。そうかと思いきや、時には目を逸らしたくなるようなヒューストンの側面をアッキーに演じさせることで見事な効果を発揮している。

伝記映画には、ひとりのアーティストの波乱万丈の生涯を2時間そこそこの作品にまとめ上げなければいけない、という難しさが常につきまとう。この点において、『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)の脚本の共同執筆者のアンソニー・マクカーテンは、ヒューストンとクロフォードの恋愛関係を背景に押しやったり、存在しなかったかのように描写したりはしない。ヒューストンがデイヴィスに「I Wanna Dance With Somebody」について「一緒に踊りたい相手がいるのに、それができないこと」を歌った曲だと言ったことからも、ふたりが愛し合っていたことは疑いようもない。クロフォードもヒューストンのメッセージを受け取るが、「クリエイティブ・アシスタント」として働くうちに「ノー」や「気をつけて」、「君は変わってしまった」、「君は変わらないといけない」と口を出す大勢の関係者のひとりに格下げされ、やがて表舞台から姿を消す。


『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』にてホイットニー・ヒューストンを演じたナオミ・アッキー。

ホイットニーを称える祝祭は、ナフェッサ扮するクロフォードやピータース扮する権威主義的で偽善的な父親、チュニー扮する厳しくも娘の身を案じる母親、サンダース扮する移り気なブラウン(「酒のせい……それも大量の酒のせいなんだ!」と浮気の言い訳をするシーンは秀逸)、トゥッチ扮する優しいデイヴィスといった名優たちに支えられている。喜びの瞬間からアイロニーに満ちた楽曲の再現、さらにはさまざまな伏線に至るまで、本作には伝記映画のお約束の要素が満載だが、これもひとつの醍醐味と言えるだろう。オーディエンスの中には、ヒューストンをもう少し美化した映画があってもいいのでは、と思う人もいるかもしれないが、ヒューストンには彼女自身のストーリーにもとづいた映画がふさわしい。数多の栄光の瞬間から若干のどん底に至るまで、本作はいささか駆け足で展開を進めようとしている印象を与えるが、それでもヒューストンの功績を見事に描き出している。クライマックスを飾るのは、1994年のアメリカン・ミュージック・アワード。史上最高と謳われたこのパフォーマンスが徹底して再現されているのだ。ヒューストンの功績に焦点を置いた本作は、私たちが何を失ったかではなく、彼女の歌声を聴いて私たちが何を得たかを教えてくれる。

From Rolling Stone US.


『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』  
12月23日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国の映画館にて公開中
原題:WHITNEY HOUSTON: I WANNA DANCE WITH SOMEBODY  
監督:ケイシー・レモンズ  
脚本:アンソニー・マクカーテン 
出演:ナオミ・アッキー、スタンリー・トゥッチ、アシュトン・サンダース
上映時間:2時間24分








Translated by Shoko Natori

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