ヌバイア・ガルシアが語るUKジャズの多様性、音楽を通じて再接続したアイデンティティ

音楽を通じてアイデンティティを捉え直す

―ここからは『Source』について。まずはアルバムのコンセプトを教えてください。

ヌバイア:自分がどこから生まれてきたのかについて形にしたものです。自分が所属するコミュニティのことや、集合的な歴史と個人的な歴史、自分のアイデンティティ、自分の家族のことや家族にまつわる歴史、それらは例えば「自分の両親がどこから来たのか」みたいなことを考えることでもある。そういうことを形にしたのがこのアルバムです。



―あなたの母親は南アメリカのガイアナ共和国、父親はカリブ海のトリニダード・トバゴの出身ですよね。「どこから来たのか」という部分を、どういう形で表現したのでしょうか?

ヌバイア:直接的に言うと、3曲目の「Source」はダブ/レゲエのカルチャーを反映しています。それらはカリビアンのカルチャーでもあるんだけど、それだけじゃなくて、もともと自分が育ったイギリスにおけるUKブラック・カルチャーが育んできたダブの文脈もあるので、その両方のカルチャーを取り入れています。5曲目の「Stand with Each Other」はボーカルとトランペットが互いに混じり合い、滝が落ちるような感覚があると思います。そこにはナイヤビンギ(ジャマイカの宗教/思想的運動ラスタファリの集会で演奏される音楽)のグルーヴがあって、ここにもカリビアン・カルチャーが聴こえるはずです。そして、8曲目の「Before Us」には、父のトリニダードと母のガイアナの両方の要素がある。特に強く出ているのはガイアナの要素で、「もしも私が母の育った街で、ガイアナの音楽を聴いたらどんな風に感じたんだろう?」というふうに、自分を母親の立場に置き換える想像をしながら作った曲です。

―両親が家で流していて、若い頃に触れていた音楽ってどんなものがありますか?

ヌバイア:レゲエやダブ、カリプソやソカですね。(カリブ海発祥の)カリプソやソカを実際に現地で聴いたのは、10歳の頃に行ったトリニダードのカーニバル。その時に父方の家族にも会うことができました。あとは義理の父がノッティングヒルでお店をやっていたので、4歳のころからノッティングヒル・カーニバル(カリブ系移民が黒人排斥運動に反発した1958年のノッティングヒル暴動を背景に持つ、カリブ系主体のカーニバル。70年代からはサウンドシステムが持ち込まれ、ロンドンを代表する音楽イベントに発展)にはいつも行ってました。だからロンドンにいてもカリプソやソカは身近でしたね。あと、母はキューバ音楽が好きだったから、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が家でよく流れていました。

―カリビアン・ミュージックをどこかで学んだことはありますか? 例えばロンドンには、カリプソやアフリカ音楽などが混ざった音楽を若者に教えているキネティカ・ブロコというマーチング・バンドもいますが。

ヌバイア:実は1年間だけ、キネティカ・ブロコに在籍していたことがあります。創始者の息子が大学の時に知り合った友達だったから。私は少し年上のプレイヤーから若手をサポートする役割を頼まれ、先ほども名前を挙げたシーラ・モーリス・グレイやマーク・カヴューマ、テオン・クロスなどと一緒に演奏しました。マーチング・バンドは3〜4時間ぶっ通しで演奏するので、その1年間ですごくスタミナがついたと思います(笑)。



―『Source』に収録された「La cumbia me está llamando」では、コロンビアの音楽クンビアをやってますよね。

ヌバイア:去年の9月にあるプロジェクトでコロンビアに行ったとき、現地のミュージシャンたちとセッションする機会があって。そこでコロンビアの音楽がすごく長い歴史をもっていることを知り、もっとコロンビアの音楽のことを知りたくなって、強く学びたいという気持ちとともに帰国したんです。その後、コロンビアで知り合ったラ・ペルラ(La Perla)のダイアナ・サンミゲルがロンドンを訪れたときに再会して、「一緒に何かやりたいね」という話になって。12月に再度コロンビアに行って、そこで作ったのがあの曲。その頃、私はクンビアに夢中だったんです。

―ラ・ペルラは、かなりストイックにコロンビアの民族音楽を追求してるグループですよね。

ヌバイア:9月にラ・ペルラと一緒にやったときにも、自分がやっている音楽と似ている部分がありそうだと感じていました。即興の要素もあるし、彼女たちも(ヌバイアと同様に)エレクトロニックな音楽家ともコラボレーションしていることもわかった。だから、私の音楽とラ・ペルラのクンビアはオーガニックな組み合わせだと思います。音楽は相手の音をいかに聴いて、その上でいかにコミュニケートするかが大事だから、私にとってはこのコラボもシンプルなことでした。

―カリブ海に面した国々の音楽は、アフリカから連れられた人たちが生み出したものがルーツにあることが多いですよね。それこそクンビアみたいに、カリブ海に面した国で演奏されているアフロ・コロンビアの音楽を演奏することは、ディアスポラ(移民)である自身の境遇について考えることにも通じる気がしました。

ヌバイア:今回のアルバムでは、自分のアイデンティティとリコネクト(再接続)することがコンセプトにありました。カリビアンに関しては自分と音楽的にも、人間的にも近いところにある。そこをより理解しようとすることにこのアルバムでは取り組んでいます。そして、そういった行為や意識がディアスポラであることと繋がるんじゃないかと思う。私はカリブやコロンビアで話されているスペイン語を理解できるわけじゃないけど、言わんとしていることを理解しようとしているし、深く感じ取ることならできる。その音楽をもっと知りたい、理解したいという気持ちがあることが重要だと考えています。実際、コロンビアの太平洋側にはブラック・コミュニティが多く定住している街があると知って、そういった場所にも足を運んだりしましたし、(コロンビア出身の)ニディア・ゴンゴラの音楽から大きなインスピレーションを得て、最近かなり聴き込んでいますね。



―サックス奏者としての話も聞きたいです。これまで特に研究してきたサックス奏者を教えてください。

ヌバイア:ジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズ、デクスター・ゴードン、ウェイン・ショーター、ジャッキー・マクリーン……サックス奏者以外だとリー・モーガン、ハービー・ハンコック、マッコイ・タイナー、ソニー・クラーク、レイ・ブラウンなど。サックスに限らず他の楽器も採譜して、コピーしながら研究してきました。それをサックスに置き換えるのが面白いんじゃないかと思ったから。

―近年のサックス演奏に関して追求してきたテーマは?

ヌバイア:メロディのクオリティ。そして、いかにストーリーを語るかを目標にしてきました。

―『Source』ではすごく丁寧に、リッチなトーンで吹いているのが印象的でした。リズムの手数が多くなっても、あなたはエレガントにフロウしていて、僕はそこに引き込まれました。

ヌバイア:即興演奏をするにしても、何事も焦ってそこに頭から飛び込んでいかないような、自分が好きなアプローチをやった結果だと思いますね。

―今、音楽家として目指していることの参照点となるアーティストはいますか?

ヌバイア:たくさんいるけど、強いて挙げるならウェイン・ショーター。彼はいるべきところに必ずいる。楽曲に関しても、即興に関しても正しい位置にいるし、ストーリーテリングのクオリティも尋常じゃない。それは最近のライブを観ても、60年代の音源を聴いても思いますね。そういうところに惹かれます。



ヌバイア・ガルシア来日公演
2023年10月2日(月)・3日(火)・4日(水)ブルーノート東京
開場17:00 開演18:00 / 開場19:45 開演20:30
ミュージック・チャージ:¥9,900(税込)
詳細:https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/nubya-garcia/

Translated by Kyoko Maruyama

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