戦火から9000km、NYで繰り広げられているしょーもない戦争

10月7日のハマスによる奇襲からほどなく、誰かがうちのマンションの掲示板に「KIDNAPPED(誘拐されました)」ポスターを貼り始めました。これはハマスに人質に取られたイスラエル人の具体的な顔写真と名前、年齢を明示したもので、やっぱり人間、いたいけな少年少女の写真と具体名とか書かれると、自動的に「なんてむごい……」と感情を揺さぶられるもんで、一定の政治的効果はあるものと思われます。

10月14日、同じポスターが今度はウチを出てすぐの電柱に4枚。近所を探すと20種以上のバリエーションが確認できました。翌15日、マンションの用務員の人が迷惑そうに剥がしているのを目撃。19日朝、今度は空間恐怖症なのかなって量のポスターがあたりの電柱と壁にビッシリ貼られています。これは労力的にも資金的にもひとりやふたりの仕事ではないな、と確信しました。夕方のニュースで各社取り上げるも詳細は不明。


Photo by Gen Karaki

どうやらポスターはダウンロードURLがユダヤ人の間で出回っているらしく、義務感に駆られた人がプリントアウトしては手弁当で貼っている。そんな噂が聞こえてきました。そんな折24日の未明、明らかに清掃とか関係ない人が、闇に紛れて誘拐ポスターを剥がして回ってるのをバルコニーから見かけてしまいました。さあ、戦争の勃発です。

剥がされたらまた、親イスラエルの誰かがポスターを貼る。貼られたら親パレスチナのターン、誰かがその上にマジックで「FREE PALESTINE」とか書き殴っていきます。10月31日、ニューヨーク・タイムズにポスターをデザインした首謀者と、それを剥がして回ってるリベラル活動家のインタビューが載ります。やはり世俗派のユダヤ人を中心にしたムーブメントであることが確定しました。

11月7日、今度は「ハマス=イスラム国」というステッカーが作られ、落書きを覆い尽くすように貼りまくられています。11月11日、ふたたび誰かがポスターごと剥がし、14日には親イスラエル派が貼り返すわけですが、ここで新趣向が登場、貼ったあと電柱ごとラップでぐるぐる巻きに保護するテクニックがドロップされました。もちろん数日後、夜が明けるとラップごとカッターでジャギジャギに切り裂かれています。報復が止まりません。


Photo by Gen Karaki

にしても街角の落書きポスターというのは侮れないもので、唐突に息子から「あの誘拐された人は返ってきたの? パレスチナ人は悪い人なの?」と聞かれます。子供には事情を説明したのち「CEASEFIRE NOW」「STOP GENOCIDE」など数種のステッカーをオンライン注文、私も停戦要求派としてステッカー戦争に参戦してみることに決めました。

さて私が夜な夜なポスターの上からステッカーを貼って回ってる12月初旬のハヌカー真っ最中、じつは誘拐ポスターの応酬ペースが落ち着いてきています。代わりに増えたのが手書きステッカーで、これは郵便局でタダで配ってる宛名シールに「ISRAEL FOREVER」とかメッセージを書いて貼り散らすもの。オンラインで印刷とかしてる自分はお行儀が良すぎましたね。

そしてもうひとつ、ペースの落ちた要因として、親イスラエル派による高はしごの導入があります。アホみたいな話なんだけど、手の届くところだと応酬になるから、もう誰も手を出せないほど高いところに貼ったれ、って地上6メートルくらいのところに貼るようになったの。親パレスチナ派もこれには手を出さなくなりました。なぜかというと、高すぎて誰の目にも入らなくなってしまったからです。


Photo by Gen Karaki



唐木 元

ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ニューヨークに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。twitter : @rootsy

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