ジェフ・ミルズ「THE TRIP」総括 戸川純やCOSMIC LABと探究する前代未聞のサウンドトリップ

Photo by Yukitaka Amemiya

ジェフ・ミルズ(Jeff Mills)総指揮、宇宙の神秘をテーマにした舞台芸術作品「THE TRIP -Enter The Black Hole-」が4月1日、新宿・ZEROTOKYOにて開催された。戸川純やCOSMIC LABとの共演、全曲書き下ろしのサウンドトラックも話題を集めている本公演(配信はリリース済み、CDは4月24日、LPは5月下旬にリリース予定)。音楽評論家・小野島大によるレポートをお届けする。

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圧巻だった。未来と現在と「過去から見た懐かしい未来」が交錯する世界観と、圧倒的視覚・聴覚体験がもたらす前代未聞の、眼も眩むようなイマジネーション。これまで出くわしたことのない体験で「第3の眼」が開いたような気さえした。

ジェフ・ミルズが手がけた舞台アート作品「THE TRIP -Enter The Black Hole-」のワールド・プレミア・ショーを見てきた。ジェフが演出と脚本、音楽を担当、その思考やコンセプト、イメージを、∈Y∋(BOREDOMS)とのプロジェクト「FINALBY( )」(フジロックでの圧巻のパフォーマンス!)や、最近では長谷川白紙とのコラボで知られる映像集団COSMIC LABがヴィジュアライズし、さらに日本のアート・ポップ・シーンを代表するシンガー戸川純と4人のダンサーを加え、音楽、映像、照明、歌やコンテンポラリーダンスなどを糾合した過去に類例のない総合舞台芸術に仕上げたのである。


Photo by Yukitaka Amemiya


Photo by Yukitaka Amemiya


Photo by Yukitaka Amemiya

ジェフと言えばデトロイト・テクノのオリジネイターのひとりであり、クラシックやジャズ、映画、アートとの融合でダンスフロアにとどまらない電子音楽の可能性を積極的に広げてきた。その彼が長い間ライフワークとして探求してきたのが「宇宙」である。多作で知られる彼の作品で宇宙に全く関係していないものを探すほうが難しい。『スター・ウォーズ』でSFに魅せられ、聴いた回数で言ったらクラフトワークよりもジョン・ウィリアムズの方が多いかも、と言うほど彼にとって宇宙は大切なテーマであり続けた。その彼が「THE TRIP -Enter The Black Hole-」で選んだテーマは「ブラックホール」である。パンフレットに記載されたジェフのコメントによれば「私たちの宇宙は、別の宇宙にあるブラックホールの特異点(シンギュラリティ)から分岐した可能性がある、という、心躍る仮説」を知ったからだという。ブラックホールの中には何があって、その先には何が待っているのか。人類は、宇宙はどこから来てどこへ行くのか。そんな疑問を音と映像、パフォーマンスを通じて表現したのが「THE TRIP -Enter The Black Hole-」なのだ。

しかしブラックホールという存在は知っていても、誰もそれを直接見たことがあるわけではないし、中に入った経験のある人も誰もいない。となれば、ブラックホールをテーマにした作品で求められるのは、最新の学説や理論、研究成果を踏まえた上でのイマジネーションの飛躍にほかならない。そのままでは概念上の存在にすぎないブラックホールをいかに実体化するか。物質も音も光も、時間さえも逃げ出すことのできない「黒い穴」を、いかに音と光で表していくか。


4人のダンサー(Photo by Yukitaka Amemiya)


戸川純(Photo by Yukitaka Amemiya)


Photo by Yukitaka Amemiya

ショウは実際にブラックホールに入った時に考えられる5つの可能性について検証する形で進行する。宇宙服のようなコスチューム(衣装デザインは〈FACETASM〉の落合宏理)に身を包み、観客に背を向ける形で機材を操作するジェフは、さながら乗客を乗せブラックホールに向かう宇宙船のパイロットだ。彼の作り出す躍動する電子音、4人のコンテンポラリー・ダンサーによる美しく躍動する肉体(振り付けは梅田宏明)、そしてCOSMIC LABによる魔術的なヴィジュアルによって、ブラックホールへの没入感や時間感覚の変容が表現される。その入り口を案内する司祭が、戸川純その人だ。予想外の声量で語られるポエトリー、全身プロジェクションマッピングでほとんどアバターと化した彼女の宙空をゆらめくホログラムのような存在感が、会場のZEROTOKYOを埋め尽くした観客をブラックホールの謎へと導く。とはいえ、そこは戸川純。シリアスというよりどこかオフビートな笑いの感覚が感じられるのが彼女らしい。

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