『ボブ・マーリー:ONE LOVE』主演が語る大ヒットの裏側、レゲエの神様への愛

Photo by Danny Kasirye

全米興行収入1位、英仏で『ボヘミアン・ラプソディ』越えの快発進、母国ジャマイカで初日興収の歴代記録を更新。海外では今年2月より上映され、大反響を巻き起こしてきた『ボブ・マーリー:ONE LOVE』が5月17日に日本公開される。主演のキングズリー・ベン=アディルは、誰もが知るレジェンドをどのような想いで演じたのか? インタビューを通じて映画製作の舞台裏に迫った。




監督やマーリー家を釘付けにした理由

今は亡きレゲエ界のアイコンを映画化するにあたり、イギリスの俳優キングズリー・ベン=アディルに白羽の矢が立った。しかしベン=アディルがボブ・マーリーの息子ジギーから主役を打診された時、彼はきっぱり断ろうと心に決めていた。永遠のレゲエの神様を自分が演じて映像に残すなど、とても想像できなかったのだ。「最初は“ノー”と言おうと決めていた」と彼は振り返る。「自分は歌えないし踊れない。容姿も全然似ていないし、僕がボブ・マーリーだと誰にも納得してもらえないだろう。だから初めは、僕が適任だとは全然思わなかった」。

ベン=アディルは週末いっぱいかけて、ボブ・マーリーが1977年にロンドンのレインボー・シアターで行った伝説のライブを見た。そこで彼は、ボブ・マーリーと自分とが一体化する「超越」の世界を体験した。レゲエを世界へ広めた男との深いつながりを感じたベン=アディルは、オーディションの場でマーリーの家族をも魅了することとなる。「ボブ・マーリーの家族に直接、彼を演じてほしいと言われたら、一人のアーティストとして断る訳にはいかなかった」と37歳のベン=アディルは言う。


Kingsley wears jacket, shirt and tie all by Gant, jeans by Paul Smith, trainers by Reebok at Schuh, watch by Omega (Photo by Danny Kasirye)

ベン=アディルは2023年12月、ロンドンのホテルで本誌UK版のインタビューに応じてくれた。物静かでフレンドリーな彼が時折見せる笑顔の奥には、これがキャリアの中で最も大きな役であり、世界中に今なお多いファンの前で音楽の巨匠を演じるチャンスだという、十二分な覚悟が感じられた。

ロンドン北部で生まれたベン=アディルの顔は、近年数々の映画で見かけるようになった。彼が世に出たのは、イギリスの犯罪ドラマTVシリーズ『ヴェラ〜信念の女警部〜』や『バーナビー警部』だった。ところが最近は、ハリウッド作品にも多く登場している。レジーナ・キング監督の映画『あの夜、マイアミで』のマルコムX役で称賛を受けた彼は、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)のDisney+TVシリーズ『シークレット・インベージョン』では主役級を演じた。さらに2023年の大ヒット作『バービー』では、バスケットボール・ケンを演じている。とはいえ、そんな彼の名を何よりも世界に知らしめたのは『ボブ・マーリー:ONE LOVE』だ。本作はボブ・マーリーの息子ジギー・マーリーと、その妻オーリーがプロデュースした。ベン=アディルの演技に関しては、ボブ・マーリーの妻リタや娘の一人セデラといったレゲエ・アイコンの家族からも、すでに認められている。

マーリー家に支持された理由のひとつは、本作のポイントが単にボブ・マーリーを模倣することではないと、初期の段階でベン=アディルが理解したからだという。「話を詰めていくうちに、ボブ・マーリーのイミテーションを作り上げたり彼を真似するのが目的ではないし、そうすべきではないと理解した。彼の内面へ入り込み、もっと人間的な一面を見せるための共同作業だった。当時の彼が常に抱えていた苦悩やプレッシャーを、少しでも共有しようとする取り組みだ。“僕はプロの俳優として、何でも演じてみせる”という感じで臨んだ」。


キングズリー・ベン=アディル演じるボブ・マーリー
(C) 2024 PARAMOUNT PICTURES

『ドリームプラン』でも知られる監督のレイナルド・マーカス・グリーンは、ベン=アディルに出会うまでは、音楽界のアイコンを演じる主役にふさわしい人物を探すのに苦労した。映画製作のプロジェクト自体が泥沼にはまるところだったという。「長い時間がかかった。決して諦めたわけではないが、ふさわしい俳優が現われずに計画が実現しない可能性も感じ始めていた。我々はオーディション用の映像を山ほどチェックした。いい役者もいたが、役にマッチする人間に出会えなかった」とグリーンは振り返る。

「ところがキングズリー(・ベン=アディル)の映像を見たとき、初めて何かが違うとひらめいた。彼に会ったことがある人なら、キングズリーの持つものすごい存在感を知っているだろう。彼は聡明で感性の豊かな人間だ。彼の映像を見た瞬間から、私は触手を伸ばし始めた。“彼は特別だ”と確信したのさ。そしてすぐにジギーへも私の考えを伝えた。私としては、ミュージシャンを求めていた訳ではない。歌えなくても踊れなくても構わなかった。ただ我々の描いた通りに演じられる人間を探していた。そしてついに、彼にその可能性を見出した」。

もうひとつ重要なのは、マーリー家の人々にも共感してもらえることだった。ジギー・マーリーは当初、イギリス出身の俳優を提案されたことに驚いたという。「僕らとしてはジャマイカ人か、我々の言葉を話せる人間を予想していた。しかしキングズリーのオーディション映像は、我々を釘付けにした。家族である僕らから見ても、キングズリーは決してボブをコピーしようとしていなかった。彼が現われるまでは、どの俳優たちも人を惹きつける魅力に欠けていた。ボブと同じような魅力を持つ人間が必要だった。僕はキングズリーから正にそれを感じた。彼から目を離せなかった。実に素晴らしい仕事をしてくれたよ」。

「僕の友人たちにも映画を見せたが、誰もキングズリーの演技に疑問を投げかける者はいなかった。彼は、僕らの期待通りの仕事をしてくれた」。



実際、どのシーンを取っても、ベン=アディルはボブ・マーリー役に驚くほどフィットしている。ステージでのパフォーマンスを演じながら、ベン=アディルは、ボブ・マーリーの持つ抑えきれないスピリットと弾け出すバイタリティを見事に表現した。

ベン=アディルと過ごした1時間は、彼が配役された大きな理由が彼のスピリットにあったのだろうと確信するに十分だった。じっくり考えながら慎重に受け答えする彼の言葉は、驚くほど明快で洞察力に満ちていた。亡きボブ・マーリー自身のインタビュー映像と比べてみると、ベン=アディルからはマーリーと同じ匂いを感じる。

ところが2022年1月にベン=アディルの配役が発表されると、ボブ・マーリーの母国ジャマイカでは物議を醸した。自国の誇る世界的な有名人が、イギリス人に演じられることに反発する声もあった。「1年間もかけたのに、ジャマイカ人を配役できなかったのか」とソーシャルメディアへ投稿した批評家もいる。「生粋のジャマイカ人やジャマイカ系の人間と同じようにはできない。ジャマイカン・パトワ(ジャマイカ訛り)でなければ、本物の雰囲気は伝わらない」。

批判の声に対してベン=アディルは、演技で応えている。そして何よりもボブ・マーリーの家族が認めたという事実が、最終的な決め手となった。「ボブの家族のサポートがなければ、僕はやり遂げられなかっただろう」と彼は言う。「キャスティングされた理由を僕自身が説明するのはおかしいけれど、レイ(マーカス・グリーン/監督)と(ボブ・マーリーの)家族が納得して決めたことだと思う。彼らの愛情と信頼のおかげで、僕は“100%をつぎ込んで全力投球しよう”という覚悟ができた。」

「パラマウントの幹部と打ち合わせした時に、僕は“いつでも準備ができている”と宣言したんだ。“やると決めたら、メールでやり取りをしながらアイディアを出し合って、ノンストップで役作りに取り組むつもりだ”と告げた。すると彼らは“こいつになら任せられる”と思ったようだ。」

Translated by Smokva Tokyo

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