ジョン・ケイルが語る、80代の今も加速する実験精神とヒップホップへの強い関心

Photo by Madeline McManus

ジョン・ケイル、82歳。という年齢だけを強調するとベテランだとか大御所だとか、そういう言葉ばかりが並べられることだろう。ルー・リードらとともにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのメンバーとしてデビューしてから実に57年。その後、現在に至るまでのソロ・アルバム、サントラ作品、共演作(そう、ブライアン・イーノ、ケヴィン・エアーズ、テリー・ライリーらとの合流はいずれも刺激的だった)などを合わせると数十枚~100作品近くに及ぶ。ストゥージズ、ニコ、パティ・スミスらの作品のプロデューサーとしても関わってきた。このウェールズ出身のシンガー・ソングライターは確かに重鎮と呼ぶにふさわしいのである。

だが、発売されたばかりのニュー・アルバム『POPtical Illusion』のリリースに際して実現したこのインタビューも、読んでいただくとわかるように、非常に雄弁で、気さくで、快活で、もったいぶったところも、芸術家ぶったところもなく、体力や気力の衰えなども全く感じさせない。しかも、自分より遥かに若いミュージシャンへの好奇心、興味も尽きることがなく、昨年リリースされたアルバム『Mercy』には、ローレル・ヘイロー、ワイズ・ブラッド、テイ・シ、アクトレス、シルヴァン・エッソ、それに『Painting With』(2016年)に自身が客演した、そのお返しの意味もあってかアニマル・コレクティヴの面々も参加していた。実際、ヒップホップが大好きで特にJ・ディラには影響を受けたという。ケイルはアメリカはLA在住だが、あの町の開放的な空気がそうさせているのかもしれないし、ジョン・ケージ、ヤニス・クセナキス、ラ・モンテ・ヤングらに師事していた若い時代の経験が、80代を迎えた彼に根っからの柔軟性をもたらしているような気もする、と、今回リモートながら話を聞いてふとそう感じた。実際、ニュー・アルバム『POPtical Illusion』は実に2年連続のリリースとなる1作でもある。

とはいえ、前作『Mercy』とは違い、ゲスト・ミュージシャンの参加はなく、ダスティン・ボイヤー、ニタ・スコットという現在のケイルを右腕たちと組んで制作。ケイル自身ピアノ、シンセサイザー、オルガン、サンプラーなどを用いて音を丁寧に汲み上げた。結果、ある種、ヨーロッパへの愛着、ウェールズ人たる誇りを自分自身としっかり向き合うような内容になっている。ここに貴重な最新インタビューをお届けしよう。




ウェールズで生まれ、LAで暮らすことの意味

―あなたはもうかなり長くLAに暮らしていらっしゃると思いますが……。

ケイル:ああ、確かにずいぶん長くこちらで暮らしている。うん、LAは気に入っている。

―LAに腰を落ち着けたのはどういう理由なのでしょうか。LAの暮らしが合っていると思える理由はどういうところにありますか?

ケイル:まあ、こうしてLAに落ち着くことになるまで、すいぶん時間がかかったんだ。そもそも、私は過去に、LAのワーナー・ブラザーズで働いたことがあってね。続いてNYに戻り、今度はそこからロンドンに舞い戻った、と。というわけで、ちょっとした旅を重ねてきたわけだね……。けれども、私は本当に、パフォーマンスすることが好きなんだ。そのおかげで、これだけあちこち旅してきた。だから本当に、オーディエンスたちの前に立ち、演奏するのは、私にとってとても重要でね。アルバムがひとつ出ることになったら、観客の前に出て行き、彼らのためにパフォーマンスするのは大切なことだよ。

―かつてのあなたのアルバム・タイトルに『HoboSapiens』(2003年)という作品がありますが……。

ケイル:うん。

―浮浪者という意味さながらに、あなたは様々な場所をさまようかのように拠点を変えながらキャリアを重ねている印象がありました。さながら、地球規模のノマドというか。

ケイル:ああ、それは言い得て妙だ。

―少なくとも、ウェールズ出身のあなたですが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代のニューヨークはもちろん、フランスやドイツ、そして現在のLAなど、今となっては10代の頃はウェールズ語しか話せなかったという事実が信じられないほど、グローバルでスポンティニアスに活動するアーティストです。ウェールズを出た時、あなたは今のようにウェールズにこだわらず、世界中を視野に入れた活動をすることを最初から目標にしていたのでしょうか。あるいは、何かのタイミング、きっかけで視界が開けていったのでしょうか。

ケイル:ああ、重要だ。そこは重要だった。まあ、折に触れて、ウェールズには里帰りしているんだよ。あちらに住んでいる家族もいるし、ウェールズに帰るのは楽しい。それに、ウェールズ語は自分にとって大事だし……けれども私は、ロンドン、NY、そしてLAで本当に長い歳月を過ごしてきたわけで、だから……自分の降り立った地がどこであろうが、そこでスタジオとミュージシャンたちにアクセスできる、というのは私にとって非常に大切な点なんだ。

―なるほど。つまり、今現在のあなたはLAにスタジオをお持ちで、そこが「ホームベース」になっている、と……。

ケイル:イエス!

―たとえばチャンスがあれば、日本を訪れた際にインスピレーションが湧いたら、東京のスタジオでレコーディングする可能性もあり得る、ということでしょうか?

ケイル:イエス、そうだね。ただまあ、私が東京に行きたい理由は、また他にあってね。ファッションが目的で行きたいんだ(笑)。

―そうなんですか!

ケイル:ああ、そうだよ(笑)! いや、ほら、私は過去に何度か、ファッションショーでモデルをやったことだってあるし……。

―そうでした、山本耀司さんの。

ケイル:そういうこと。このセンテンスは、自分で最後まで言わなくてもいいね(笑)。


Photo by Madeline McManus

―(笑)ともあれ。ウェールズはもちろん愛してらっしゃるでしょうが、とても早い時期から、あなたはウェールズを出たいとも思っていたわけですよね。

ケイル:ああ。ただ、残念なことに……私はあっちこっち動き回っていたんだよ。まず、カレッジ進学のためにロンドンに移った。で、それは私にとって……ある意味、居心地が悪かったんだ。つまり、何であれ、自分の求めていたことをやれるようになるために、自分自身の言語をいかに巧みに操らなければならないか、という発想がね。それは、なかなか厄介な前提だ。けれども、「自分は一カ所にずっと長く留まっているような人間ではない」という点をどうにかして数多くの人間に納得させることができれば、それも何とかなる。で、私は……同じ顔ぶれとは、あまり長く一緒に過ごさないんだ。というのも、様々な人々と出会いたいし、できる限り、色んな場所で動き回りたいからね。

―ただ一方で、どこに住んでいても、どんな国のアーティストと交流しても、あなたのこれまでの作品には割と一定のヨーロッパへの愛憎入り混じった複雑な思いが表れているようにも感じます。

ケイル:うんうん、その通り。

―ウェールズを含めたヨーロッパとその文化、歴史への帰属意識、愛着は現在どの程度あるのでしょうか。

ケイル:まあ、私はウェールズにはよく帰るし、親族だってまだあっちにいるわけでね。そうは言っても、ロンドンに行けば行ったで、あちらも自分にとっては馴染みのある街であって。まあ……私には、パリにも、東京にも、友人は各地にたくさんいる。だから私にとっては、世界各地に知り合いの人間がいる、というのはとても大事なことなんだ。それは、人々はある人間の人生をどんなものだと思い描いているのか、そして誰かの作品やその人の仕事の仕方、その人はどんな風に音楽をクリエイトしているのか、そういった面を人々がどんな風に把握しているのかを本当の意味で理解するのに、ベストな方法だよ。

―なぜこんなにウェールズのこと、他国への広がりなどについて最初に伺ったかというと、ニュー・アルバム『POPtical Illusion』には「Davies and Wales」というタイトルの曲があるからでもあります。

ケイル:ああ、あれか!(笑)

―はい。アルバムの大枠の話を伺う前ですが、先に、この曲と歌詞はどういう意図で作られたか、おしえてもらえますか。

ケイル:(笑)そうだな、ひとつには、かなり楽しい曲だ、というのがある。いや、というか、それなら2曲あるね。「Shark-Shark」、そして「Davies and Wales」。どちらも、一種の……ジョークというのかな? だから、面白可笑しい曲だ、と。ただし、その背景にあるのは何かと言えば、少しシリアスな面も含まれている。君が常に考えているのはどんなことか、ということについてであって―つまり人間というのは、その人生を通じて、ひとつの知覚・視野だけに留まって物事を考えるわけではないだろう? 人生は大きく変化するものだし、だから……私にとっては、「これらの歌の主題は何か」を理解するのはとても重要なんだ。というのも……たとえば「Shark-Shark」、(笑)あれはまあ、どちらかと言えばジョークの曲だな。けれども、「Davies and Wales」、あれは実は、文化に対するひとつの愉快な見方であって。




―なるほど。ちなみに、あの曲の“Davies”は実在の人物のことなのでしょうか?

ケイル:うんうん、もちろん(笑)! そうそう。あれは名前。だから、私のミドル・ネームなんだ。フル・ネームは、ジョン・デイヴィーズ・ケイルだからね。ハッハッハッ! で、あの曲を作っている時、たまたまあれが頭に浮かんできた、という。「自分が本当は何者なのか」を普段はあまり認めたりしないものだが、曲を書いている間には、そういったことはよく起きるんだ(苦笑)。

―(笑)。では、「Davies and Wales」は、あなたご自身とウェールズに関する歌なんですね。そういえば、“Davies”は母方の姓名ですよね。

ケイル:うん、不思議に思うだろうね(笑)! いや、別に、自分の本名に抵抗はないんだが……しょっちゅう話題にあがるような話ではないしね。ただ、楽しいものだよ、オルター・エゴがある、みたいなものだから。

―そんなあなたから見て、現在のヨーロッパ社会、文化はどのように映りますか? 多くの西側諸国では移民問題を抱え、ウクライナではロシアからの侵略と対峙し、ほとんどの国でナショナリズムを打ち出す政治家たちが躍進しています。

ケイル:ああ、実に憂慮させられる。

―それはヨーロッパの没落を意味しているとする向きもあるわけですが、あなた自身はこうした現実を、どのように受け止めているのでしょうか。

ケイル:あまり快適とは言えない。まあ……私は全般的に、というか、ほぼ間違いなく……自分が訪れる様々な地では大抵、実に楽しく過ごさせてもらっていてね。異なる生活様式や、物事のとりどりな理解の仕方、人々は自分たちの生活に関してどんな思いを抱いているか。そういったことを、私は本当にありがたく受け止め評価している。だから常に……というのも、称賛し愛でるべきものはいくらでもあるし、実に多種多様な文化が存在するわけだよね? 私はいつだって、それを知るのを心待ちにしているんだ。

―ヨーロッパの現状に対するあなたの不安や居心地の悪さ、そうした思いは音楽家としての制作にどのように影響し反映されているといえますか。

ケイル:いいや、作品に響くことはない。そうした事柄については、実際に語り合うんだ。

―ああ、なるほど。

ケイル:だから、そうした話題を俎上に載せ、「私は、これについてこう思う」と話し、そして話し相手に対して「で、君はどう思う? 教えて欲しい」と言う。というのも、そうやって腹を割って人々に語りかけた上で彼らの視点を理解しない限り、自分だってある意味、五里霧中だからね。だから、できる限り、他の人々の意見・視点を理解しようと努めている。

Translated by Mariko Sakamoto

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