10年以上ぶりとなるホールの新作『ノーバディーズ・ドーター』。かつてのバンド仲間なくしてホールの名を掲げることは、負けを認めるようなものだと感じるファンもいることだろう。しかし、彼女がこの名前を使っているのは、自分自身を含めたすべての人たちにミュージシャン=コートニー・ラヴの姿を思い出させようとしているかのようでもある。2004年のソロ作『アメリカズ・スウィートハート』のような幻想を抱くことなく、本作に向けて彼女は精力的に取り組んだ。「サマンサ」 「パシフィック・コースト・ハイウェイ」のように、その多くはアコースティックのパワー・コードが特徴的な力強い曲だ。麻薬中毒者や、ふしだらな女についての歌詞が多く、「スキニー・リトル・ビッチ」 のように、その両方が登場するものもある。「ハニー」は、セックスとドラッグをテーマにした最高のバラードだ。麻薬中毒者がふしだらな女に出会う。ふしだらな女は麻薬中毒者を愛し、麻薬中毒者はドラッグを愛する。
 表題曲「ノーバディーズ・ドーター」では、ソウル・アサイラムの「ラナウェイ・トレイン」 とホールの「マリブ」の中間に位置する、メロウなグランジ・モードに突入したように感じられる。ただ、シンガーとしては1992年のデイヴ・パーナー、98年のコートニー・ラヴ、そしてエディ・ヴェダーの領域には追いつかない。パワフルな曲でさえ歌い出しの部分はかなり苦しい。結果的にはバック・コーラスとギターのオーバーダブに救われているが、このアルバムを「良い作品」と認めるには、彼女の熱烈なファンである必要がある。
 本作は真の成功作とはいえないが、その努力は素晴らしい。ラヴの激しい性格をどう評価するのであれ、彼女はまぎれもなく、ロック・シンガーにとって最良の時代である90年代の偉大なヴォーカリストだ。今でも世間を騒がせ続ける彼女だが、いずれもゴシップ的な話題がほとんど。しかし、それもすべては彼女の歌声が放つインパクトのせいなのかもしれない。94年にリリースされた『リヴ・スルー・ディス』 の「ミス・ワールド」「ドール・パーツ」「ソフター、ソフティスト」のような名曲の数々。その歌い方はロックンロールの「howl(うなる・わめく)」の象徴として今も語り継がれる。
 もし、彼女がカート•コバーンにどれほど影響を与えたのかと疑うのなら、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』と『イン・ユーテロ』を続けて聴いてみるといい。母音を細かく切って歌う、コートニー特有のヴォーカル・スタイルが随所にある。彼女には、そのように歌う肺活量はもうほとんどない。しかし歌えないとしても、少なくともその歌い方は忘れていない。そこにこそ意味があるのだ。

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