マイ・ビューティフル・ ダーク・ツイステッド・ ファンタジー

カニエ・ウェストが「仕事を休まないマヌケども」と歌う時、それは彼自身のことを意味していると思っていい。クレイジーになるのがこの男の仕事で、その音から判断する限り、ビジネスは絶好調だ。このアルバムは彼の過去の作品中もっとも狂熱的な啓示を受けた音楽で、英雄的なまでの認知症のまま滑走し、オリュンパス山の頂上でポン引きをしているのだ。カニエはスタジアム・ロックの壮大さ、すべてを飲み込むヒップ・ホップの音速、ディスコのエロティックな光沢、そのすべてに向かっている。ハンパなイカレ方では、こんなアルバムは作れないだろう。
 エレクトロでメランコリックな前作の『808s&ハートブレイク』で、カニエは最小限を心掛けていた。しかし『〜ファンタジー』における彼は馬鹿馬鹿しいまでに最大限で、過去のすべてのヒップ・ホップとポップのルールを吹き飛ばしている。彼自身が、過去5年間にわたってそのルールを作り出したひとりだったにもかかわらず。そこにはヒップ・ホップの叙事詩やR&Bのバラード、異世界のエレクトロニクスや、プログレのサンプルがあり、ボーン・イヴェールからファーギー、クリス・ロックに至る驚きのゲストがいれば、エルトン・ジョンのピアノ・ソロまであるのだ。これはカニエの最高のアルバムであるだけでなく、縮小化していく世界のための、ロック・スターのマニフェストでもある。我々が期待を低く持ち、関心を狭め、少なめに落ち着くことに慣らされた時、ウェストは “より多く”を要求するのだ。
 薄気味悪いスペース・ファンクの「ゴージャス」から、キング・クリムゾンが牙を剥く「パワー」、ストリングスが偏執的にスタッカートを刻む「モンスター」まで、ほかの誰も、ここまで素晴らしくて奇妙な音楽を作れないだろう。6分近くに及ぶ「ランナウェイ」はあなたの頭にこびりついて、ずっと後になって鳴りやみ、そこでようやく曲が終わったと思うはずだ。そこには軽く弾かれるピアノがあり、エレクトリック・ギターのフィードバックが差し込まれ、「ストロベリー・フィールズ」のようなチェロがあり、カニエはヴォコーダーを通して、ロバート・フリップ風の胸を打つソロを歌っている。そんなものが機能するはずもないのだが、3分以上にわたって、その魔法は途切れることなく続くのだ。
 クイーンが「ボヘミアン・ラプソディ」を制作した時の、有名な逸話がある。バンドのメンバーがようやく曲が終わったかと思うと、いつでもフレディ・マーキュリーが、「ここにもうちょっと“ガリレオ”を足したぞ」と言うのだそうだ。けれども、誰もカニエから“ガリレオ”を切らすことはできない。カニエはラジオのヤツらを笑えるほど柔順にさせただけでなく、オーディエンスにも挑戦状を叩きつけているのだ。カニエは、あなたが彼のように努力しないアーティストで満足しているなら、愚かだと考えている。それは実に多くの人間に当てはまることだ。

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