ソランジュ、話題のニューアルバム『When I Get Home』を若林恵と柳樂光隆が考察

ソランジュの最新アーティスト写真(Photo by Max Hirschberger)


ソランジュは2018年の時点で、(その頃は発表前だった)『When I Get Home』について「作品の核にあるのはジャズだけど、エレクトロニック(なサウンド)とヒップホップのドラムやベースも入っている」と語っていたという。しかし一聴した時点では、彼女が語るジャズがどこにあるのか正直わからなかった。実際に聴いてみればわかるが、いわゆるジャズっぽい演奏はほとんど入っていない。しかし、何度かリピートするうち、ソランジュが「ジャズ」と表現したものが少しずつ見えてきた気がする。

今回のアルバムでは、ジャマイア・ウィリアムスの名前が「Dreams」と「My Skin My Logo」の2曲でプロデューサーとしてクレジットされている。彼はロバート・グラスパーとの共演でも知られるジャズ・ドラマーで、ソランジュと同じヒューストンの出身。さらに、姉のビヨンセが通っていた高校の後輩でもあり、もしかしたら以前から接点があったのか知れない。



そのジャマイアは2016年に、実験的なリーダーアルバム『///// EFFECTUAL』を発表している。彼のドラム・ソロをベースとし、「ドラムという楽器をどう鳴らすか」にフォーカスした音色と音響の作品だ。録音はカリフォルニアにある3つのスタジオと、モントリオール現代美術館の計4ヶ所で行っており、それぞれの場所で4種類のまったく異なるドラムセットが使われている。最先端のドラムトリガーから、20世紀初頭に作られたヴィンテージ・スネア、アフリカンのパーカッションを組み込んだものまで。ジャマイア自身が叩き分けたることで、異なる質感を持つ4種類の曲を生み出しているのだが、それらを最終的にプロデューサーであるカルロス・ニーニョがトリートメントして、その響きや音色の美しさを際立たせつつ、アルバムに統一感を持たせていたのは興味深かった。

『When I Get Home』では、あのアルバムにも通じるジャマイアの音色と演奏が聴こえてくる。個々の太鼓が持つ音色はシャープに録られていて、音数は決して多くないが、生々しい「生ドラムらしさ」があるし、一見ループのような構成の曲でもドラムはわずかに変化していて、同様に他の楽器も微妙に動いている。むしろ、同じフレーズを繰り返しているのはソランジュの声で、他の楽器たちは即興的に少しずつ変化を加えているのが聴きとれるはずだ。

ジャマイアの演奏自体は、エクスペリメンタルな電子音楽の影響も感じられるし、いわゆるジャズっぽいリズムや音色を叩いているわけではない。でも、ビートミュージック的なリズムや質感まで即興演奏で生み出せるのは、最先端のジャズ・ミュージシャンが持つ技術とセンスがあってこそだろう。ジャズ・ミュージシャンだから奏でられる新しい表現--そこにもしかしたら、ソランジュが「ジャズ」と呼ぶものの一端が宿っているのかもしれない。



続いて、鍵盤にも目を向けてみよう。このアルバムでは大半の楽曲でシンセの音色が聴こえてくるが、多くの場面でボーカルの伴奏という役割をしてはいない。むしろロングトーンを重ねたり、歌メロとは異なるラインを奏でたりしながら、主旋律に従属するのとは別のやり方でサウンド全体の質感や響きを形成している。音を噛み合わせていくように作るバンド・セッション的な感覚よりも、プログラミングでレイヤーを重ねたり、スクリーン上の波形を見ながら音を配置していく感覚に近いのかもしれない。鍵盤のサウンド自体は古いソウルのように聴こえるものの、当時の演奏とは役割がまったく異なるわけだ。

そこで注目したいのが、『When I Get Home』で8曲のプロデュースに携わった鍵盤奏者のジョン・キャロル・カービー。ソランジュの前作やファレル、ブラッド・オレンジに携わってきた彼は、自身のソロ作ではニューエイジ/アンビエントを手がけている。2017年に発表した『Travel』における、無国籍かつ疑似オーガニックなサウンドの匂いは『When I Get Home』にも通じるものだ。さらに、同作でも「声」はサウンド的に扱われており、様々なサウンドがポリフォニックに並走している。





もう一人、フランス人作曲家/鍵盤奏者であるシャソールことクリストフ・シャソールのことも考えてみたい。もともとボストンのバークリー音楽院ヘ留学し、フェニックスのツアーやセバスチャン・テリエのアルバムに参加してきた傍ら、テレビや映画、CMなどの音楽を手掛け、現代音楽にも精通するクロスオーバーな音楽家だ。そんな彼が得意としているのは、人間の語りや動物の鳴き声など(の非音楽的な自然の音)を聴きとり、それを全く同じように鍵盤で演奏すること。身の回りのあらゆる音を音符に置き換えてしまう演奏は、『When I Get Home』に収録された「Can I Hold the Mic」「We Deal with the freak’n」でも聴くことができる。

ソランジュは今回のアルバムに関して、スティーヴィー・ワンダーの1979年作『Journey Through The Secret Life Of Plants』からの影響も公言しているという。そこではスティーヴィーが、鳥の鳴き声や虫の羽音といった非音楽的な音を、音楽的に取り入れるためのアイデアをいくつも披露している。彼女はあの作品が持つ独特のサウンドに、シャソールの才能を重ねたのではないだろうか。

ちなみに、シャソールもかなりのライヒ・マニアで、その名も「Reich & Darwin」という楽曲を発表しているほど。シャソールの音楽性の根幹を支えているのが、ミニマルに繰り返されるフレーズやビートであるのも本家と同様。『When I Get Home』からライヒっぽさが聴こえてくるのは、彼の存在も大きく関係しているはずだ。また、彼の弾くシンセには、ニューエイジの成分もかなり含まれている。その辺りは、シャソールが担当した映画音楽や、ジャマイア・ウィリアムスとの共演曲「Collaborate with god」などを参照することで、その特徴が見えてくるだろう。







そんな鍵盤とビートを軸に、即興的に作られたフレーズは非機能的に重なり合い、抽象的かつ偶然的なアンサンブルが生み出され、それが美しく響いている。そのような状態に対し、ソランジュはジャズを感じているのではないか。そこではおそらく、ビバップやハードバップのようなスタイルではなく、もっとフリージャズに近いものが想定されているような気がする。

だから、ソランジュが上述したPitchforkの記事で、アリス・コルトレーンやサン・ラの名前を挙げていたのは妙に納得してしまった。アリスの曲であれば「Journey in Satchidanada」におけるハープとタンプーラ(ドローンを生むインドの弦楽器)が生みだす陶酔感、サン・ラであれば「Lanquidity」でのシンセやエレクトリック・ピアノ、管楽器といったウワモノが、繰り返されるリズムの上で不規則に重なる演奏は、たしかに『When I Get Home』と共振しているし、ジャズと繋がっている可能性も感じさせる。





ここでは、そういったアンサンブルが独特の空間性で仕上げられている。その辺りはおそらく、アール・スウェットシャツ『Some Rap Songs』にも起用されていたスタンディング・オン・ザ・コーナーの貢献が大きいのではないか。

ジオ・エスコバルとジャズパー・マルサリスによる同プロジェクトの作品『Standing On The Corner』では、音数を抑えることで空間性を活かしながら、その快楽性を増幅させるようにゆったりとしたテンポで演奏されている。スモーキーかつローファイでザラッとした音像と、時空がゆっくりと歪むようなサイケデリアも、『When I Get Home』のインスピレーションになったのは想像に難くない。しかし一方で、『When I Get Home』にはハイファイな音がもたらす人工的な艶やかさも同居している。





前作以上に引き算の美学を感じさせる『When I Get Home』だが、そのなかには様々な時代やスタイル、文脈が入り混じっていて、むしろ情報量はかなり多かったりする。ロータリー・コネクションなど、過去のサイケデリックなUSブラックミュージックをいくつも聴き直してみたが、それらとも明らかに違う異質な音楽だと思った。そもそも、本作から想起される音楽はソウルやR&Bだけではない。「音」そのもので多様性を示すという意味では、これほどの回答は他にないだろう。2019年はおろか、ここ10年においても屈指のアルバムだと思う。

そんな傑作とリンクする作品を一枚だけ挙げるとしたら、僕はアリス・コルトレーンの『World Spirituality Classics 1: The Ecstatic Music of Alice Coltrane Turiyasangitananda』を選びたい。シンガーたちが同じセンテンスの言葉を繰り返し、ゴスペル的なコール&レスポンスが交わされる後ろには、エレクトリック・ピアノによるジャズ由来の即興演奏もあれば、インド音楽にも通じるミニマルなフィーリングも内包されており、ニューエイジ的な瞑想へといざなうマジカルな一作だ。同作は晩年のアリスがカセットテープに録音し、自身のコミュニティにだけ届けていた音源を、2017年にデヴィッド・バーンのレーベル、ルアカ・バップがリイシューしたものだ。

僕が監修している『Jazz The New Chapter』の担当編集者である荒野政寿さんは、デビュー時に来日したソランジュに取材したことがあるらしい。そのとき彼女は「シュギー・オーティスが大好き! お姉ちゃん(ビヨンセ)とよく聴いてる」と語っていたそうだが、シュギーの再評価を促した1974年の名盤『Inspiration Information』をリイシューしたのも、他ならぬルアカ・バップだった。そんなふうに考えると、「古いのに新しい」をアップデートし続けるソランジュの作家性は、昔から一貫しているのかもしれない。






ソランジュ

『When I Get Home』
ソニー
配信中
購入/再生リンク:https://lnk.to/SolangeWhenIGetHome

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