研究室育ちの鴨ムネ肉、その味は? スタートアップも続々参入する代替肉産業の内幕

研究室育ちの鴨肉、実際の見た目や味は?

「いいですか、これから召し上がっていただくのは、屠殺場から来たものではなく、たった1つの細胞から作られたものです」とヴァレティはさらりと言った。「重ねて申し上げますが、いまご覧いただいているものは歴史的な第1歩なのです」。このような劇的な口上で試食が始まった。この先私が口にする肉のなかで、最も高価で、おそらくもっとも記憶に残るもの――1人前2オンスで数百ドルもする鴨のムネ肉は、きっとカリフォルニア州ペタルマの農場をいまも駆け回っている、生きた鴨から採取した細胞の塊から作られたものなのだ。培養肉は「実験的なものであり、その特性は完全に解明されていない」旨を了承し、「試食に参加した結果、発生しうる損失、損害、傷害または死亡など、あらゆる危険を承諾する」旨に合意する書類を渡され、一瞬ためらったが署名した。

私と彼のチームのメンバー6人は、白とステンレスの真新しいテストキッチンに案内された。去年まで9人だった従業員が4倍の36人に増えたため、最近増築したMemphis Meats本社内のラボに併設されたキッチンだ。小さな青白い、鴨とは似ても似つかぬ鴨肉の塊がフライパンの中で焼けるのを見守る。アメリカで馴染みのある肉に加え、鴨肉でも研究を進めているのは、肉の需要が急騰している中国でとくに鴨の人気が高いからだとヴァレティが説明してくれた。

「肉の焦げるにおいに注目してください――植物性由来の製品ではここまで豊かなアロマは感じられませんよ」と、ヴァレティが述べた。肉そのものの風味を味わってもらいたいからと、ヴァレティは社内シェフに、中性油を使って塩コショウだけで味付けするようにと指示を出していた。

シェフは黄金色に焼けた物体を、レモンヴィネグレットで和えたラディッシュとキャベツ、スライスオレンジ、生のイチジクの上に乗せたあと、私を1人用のセッティングがされたテーブルへと案内してくれた。ヴァレティと彼の仲間たちが期待のまなざしで私を見つめる。「お祈りしたほうがいいでしょうか……つまりその、細胞のドナーに感謝を捧げるべきかしら?」。プレッシャーでおじけづいた私は冗談を言い、フォークを取り上げた。

「まずは手で取っていただいて、触感を確かめてみてください」とヴァレティが言った。「手で裂いて、カリカリ感や肉厚感、肉のほぐれ方をみてください」私はその通りに、肉の塊をつかんだ。肉質はしっかりしていて弾力があり、まるで弾むボールを二つに割ろうとしているようだった。だがいったん肉が割れると、ヴァレティが言った通り――長い筋肉繊維のラインが束になり、引っ張ると、一瞬伸びたあとほぐれた。「ベジバーガーとは全然違いますね」と私は言った。ヴァレティはさもうれしそうにうなずいた。ひとかけら口に放り込むと、味のほうも前評判通り。しっかり肉の味がする。

今までの人生で鴨を食べたのは数えるほどだが、鶏肉よりも噛み応えがあって脂っぽいものだと認識している。この鴨はやや噛み応えが強く(顎を使わなくてはいけなかった)、見た目にも筋張っていた。ほんのり金属のような後味がしたが、もちろんそれは鴨特有のもので、食べ進めるうちに気にならなくなった。もし北京ダックや鴨のオレンジ風味といったように、ソースや味付けをした状態で食べたら、明らかに従来の鴨肉と見分けることはできなかっただろう。つまるところ、素晴らしいのはそこなのだ――いつもと変わらないこと、本物と見分けがつかないこと、まさに本物そっくりであること――尋常ではない出どころを考えれば、お見事だ。


鴨肉を調理するシェフを見守るウマ・ヴァレティCEO(中央)と、ニコラス・ジェノヴェーゼ研究主任(右) (©︎Memphis Meats)

Translated by Akiko Kato

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