ジャズを刷新する新たな才能、カッサ・オーバーオールを今こそ知るべき理由

カッサ・オーバーオール(Photo by Aren Johnson)


2010年代には、ヒップホップやビートミュージック、テクノなどのビートを、生演奏のドラミングに置き換える手法が話題となった。J・ディラが作ったトラックのようなビートを、人力で叩いたクリス・デイヴやマーク・コレンバーグ。もしくはテクノにおけるプログラミングされたクールなビートを想起させる、マーク・ジュリアナやリチャード・スペイヴンのようなドラマーが注目を浴びた。それは例えばデヴィッド・ボウイの『★』のように、ジャズ以外のジャンルにまで波及することになる。さらに近年では、モーゼス・ボイドやフェミ・コレオソ(エズラ・コレクティブ)のように、グライムやダブステップを叩くドラマーがUKのシーンから出てきている。


クリス・デイヴのドラムソロ


マーク・ジュリアナのドラムソロ

つまりこの10年は、打ち込みで作ったビートのニュアンスをいかに正確にトレースするか――という課題に、多くのドラマーが挑んでいた時期だったとも言える。その際には、音色や質感をより正確に再現するために、セッティングにも大きな変化があった。クリス・デイヴが使っていたエフェクト・シンバルやピッチを変えたスネア、あるいはマーク・ジュリアナのようにタムをセットから省くドラマーもいたりと、いわゆるジャズ用のセッティングに囚われず、ハイブリッドなサウンドに合わせた特殊なセッティングが次々に施された。つまりドラムを叩くことだけでなく、ドラムセット自体も含めて、あらゆる工夫を凝らし、より正確に打ち込みのビートを再現しようとした、とも言える。それゆえ、2010年代にジャズミュージシャンがヒップホップやR&Bにアプローチするという話になると、まずはこういったリズムの刷新が重要なトピックとして語られることが多かった。


Photo by Tsuneo Koga

カッサ・オーバーオールが特別なのは、そのトピックに当てはまらない稀有なドラマーだからだろう。そもそも彼は、生演奏でヒップホップのビートを叩くタイプのドラマーではない。ヴィジェイ・アイヤーがラッパーのマイク・ラッドと組んだ『Holding It Down: The Veterans’ Dreams Project』や、アート・リンゼイ率いる「Restless Samba」バンドでの演奏でも、ループを意識したドラミングはしているが、即興要素はかなり多めに入ってくるし、セッティングは決してヒップホップ仕様ではない。サウンドもジャズドラムの音色で、打ち込みのビートを置き換えたような成分はかなり薄い。




彼は『I THINK I’M GOOD』でも、ヒップホップ仕様のセッティングではなく、ジャズドラムそのものの音色で叩いていて、それと共存するようにカッサ自身がプログラミングしたビートが使われている。つまり、「ヒップホップっぽさ」をトレースするのではなく、ジャズのドラミングをジャズのドラムセットでやりながら、そこに打ち込みのビートを織り交ぜつつ、個別のビートではなく、その楽曲のトータルの構造やムードによってヒップホップの要素を聴かせている。そのなかで、ドラムと打ち込みは全く別の人格のように扱われており、それぞれが出てきては消え、時に重なり合い、等価に扱われているように聴こえる。

そして、カッサのドラミングはリズムというよりは、(本人も公言しているように)メロディを奏でるようなフレーズ的なものであり、同時に即興濃度が高く、抽象的な表現も多い。その刻々と変化するドラミングと同じように、ところどころで差し込まれる打ち込みのビートもリニアなものではなく、リフ的もしくはフレーズ的だったりする。それらを切り刻んで繋ぎ合わせてコラージュし、ドラムとビートだけでもひとつのストーリーとして成立する流れを描いてしまうのがカッサの音楽だ。そのうえに歌声や様々な楽器が加わり、エフェクトで彩られることで、彼が陥っていたというメンタルヘルス問題などの情感やムードを、音でエモーショナルかつ繊細に表現している。

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