脱サラ留学ののち、あてどないドサ回りに明け暮れる元編集者の中年ミュージシャンがつづる、アメリカ東海岸の身も蓋もない現場レポート。国産シティ・ポップが世界で人気とか喧伝される昨今ですが、さて実際のところは……。
※この記事は2019年発売の『Rolling Stone JAPAN vol.9』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。
縁あってこの夏から、とあるペンテコスタル派の教会で演奏の機会をもらっています。ブルックリン奥地の、それはもうガチでローカルな、身も蓋もない信仰の現場に直面しているので、ゴスペルミュージック的にも宗教人類学的にも、マジかよって事態が毎週発生していて、とてもじゃないけど自分のなかで処理が追いつかないような状態。
なのでチャーチの話はもうちょっと練れてからにしたいのですが、そこのドラマーでジョーダンってやつがこないだ「♪ブー、パッパパー、パッパパー」って口ラッパを歌っていて、それなんの曲だっけ?って訊いたら「おいおいBLACKPINKだぜ、自分の国の音楽だろ」ってアンサーが返ってきた。
えっとねー、まずコリアとジャパンとチャイナは別の国。あとK-POPはそれほど好きじゃないんだ。って答えると「じゃあジャパンでイケてる曲を教えてくれよ」となる。この質問にはいつも手こずらされてきた。素直に今週のオリコンチャートトップを伝えたとして、「Kill This Love」みたいに気に入ってくれる可能性は、これは皆無と言っていいだろう。
なにしろ国を挙げての売り込みに成功したK-POPと違って、現行のJ-POPがアメリカのラジオから流れてくることはない。音像があまりに違うし、馴染みがなさすぎる。運良くオタクだったらアニソンの線が探れるけど、それはレアケース。そうやって考えてみると、世界で聴かれている日本産の音楽って、実際のところ何なんだろう。
細野晴臣もコーネリアスも、坂本慎太郎もNY公演のチケットは即完売だったけど、やっぱり集まってくるのはだいぶカルチャーエリートかつ親日家なリスナーたちが多くて、そこで会うような人なら「Plastic Love」もタツローヤマシタも、あとNujabesやKikagaku Moyoなんかも通じるけど、街場のミュージシャンへの浸透度までは期待できない。
それで音大にいる頃、過去に日本のどんな音楽に触れた経験があるのか、クラスメイトたちに探りを入れていた時期があったのだけれど、あるとき予想外の現象に行きついてハッとなった。