メイド・イン・ジャパンは誰をエンパワーしたのか? 日本の楽器メーカーがもっと誇るべき話

スヌープ・ドッグとドクター・ドレー。1994年、ニューヨークで撮影(Photo by mark peterson/Corbis via Getty Images)

自分たちの困難と、そのなかで感じている苦しみや辛さを音楽として表現するためには、それまでにはない「新しい声」が必要になる。東の果ての島国からやってきた、性能がよくて安価で、西洋の歴史性を背負っていないツールは、理想的な武器だった。もしかしたら、日本のプロダクトは理念的にはずっと「デモクラティック(民主的)」なものだったのかもしれない。テクノロジー・ビジネス・音楽・出版など世界の最前線に触れてきた編集者、若林恵(黒鳥社)による楽器メーカーのもっと語られるべき話。

※この記事は2020年3月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.10』の特集企画「いまこそ『楽器』を」に掲載されたものです。

既存のヒエラルキーを壊すために

「君たち日本人は、日本の楽器メーカーがどれだけ世界を変えたのかわかってなさすぎる。 YAMAHA DX7やROLAND TR-808、あるいはAKAI MPC1000……自分たちがそういう楽器を生み出したということに、もっと誇りを持たなきゃダメだ」。ある外国人にこんなふうに怒られたことがあるんですけど、これを言ってくれたのはルーク・ウッドさんという人で、この人が何者かというと、Beats by Dr. Dreの社長さんなんです。なので続けて、「そういう特集を雑誌でやるべきだ。そのときにはドクター・ドレーとかつないでやるから!」と言ってくれたんです。結局まだ実現できてないんですが、いつかやりたいんですよね。「音楽を変えた日本の楽器」って、Netflixのシリーズにでもなると思うんです。

この叱咤は、自分のなかにずっと残っていて、それは「戦後日本のものづくりなりビジネスが世界に一体どんな価値をもたらしたのか」という話でもあるんです。日本はとかく「技術立国」だとか言って技術力が世界に支持された理由だ、とずっと言ってきましたし、自己認識としても、そう思っちゃってるところがあるんですけど、ルークのことばにハッとさせられたのは、実はそういうことではなかったのではないか、と気づかせてくれたからなんです。結論から言っちゃうと、日本のものづくり、ここでは楽器に絞って言ってもいいんですけど、その価値は、「それまで声を持てなかった人たちに声を与えた」ということのような気がするんです。要はエンパワーメントということです。そこ、実は日本人のほとんどが気づいていないんです。

唯一ただ一人、それを価値として、ビジネスとして展開できた人がいたとしたら、自分が知っている限りでは楽器メーカーの「ESP」やDJ機器メーカー「Vestax」を創業した椎野秀聰(ひでさと)さんなんじゃないかと思います。1947年生まれの椎野さんは、ウッドストックに大きな衝撃を受けた世代なんですが、椎野さんが、ウッドストックの何に一番衝撃を受けたかと言えば、それがある意味で強烈な民主化運動だったところだそうです。音楽の訓練をまったく受けていないような若者が、自由に自己表現ができる。ロックというのは、それまで非常にハードルの高かった「器楽演奏」というものを、あらゆる人に解放したわけです。

それまでの音楽というものは楽器自体が高額だったこともあって、必ずしも「誰でも」アクセスできるようなものではなかったわけですよね。たとえば「家にピアノがある」ということは──僕の世代でこそ、ヤマハのような会社のおかげである程度、それなりに行き渡っていましたけど──ある時期までは裕福な家庭のステータスシンボルだったわけじゃないですか。楽器代のほかにも授業料やレッスン料が必要となるという意味では、音楽へのアクセスは経済的に豊かな人に限定されていたわけですが、ギターが電子化されて大量生産品になり安価になっていくことでどんどんアクセシブルなものになっていくわけです。つまりエレキギターというのは、それまで音楽から排除されてきた人たちが、従来のヒエラルキーを壊すためのツールというか「武器」だったんですよね。


プリンスが愛したエレキギター「Mad Cat」を製造したギターブランド、H.S.Andersonを立ち上げたのも椎野だった(写真は"プリンス、ストリーミングで聴ける後期の傑作10曲"より Photo by Kevin Winter/Getty Images for NCLR)

椎野さんは、それに感化されて、フジゲン(当時・富士弦楽器製造)という会社で、レスポールのすごく安価なコピー・モデル「Greco EG360」をつくり日本中で流行らせました。「日本のジミー・ペイジ」として知られたドクター・シーゲルこと成毛滋の教則カセット・テープを付録にして、深夜ラジオで広告を打ち、エレキギターがすごくヒップなものなんだという認識を世の中に作り出したわけです。ロックが「反体制の音楽」であると言われるのは、必ずしも反政府ということばかりではなく、実は、エレキギターというものを通じて、それこそ音楽学校に通ったり、家庭教師をつけなくてもお小遣いを貯めて楽器を買って、コードを3つ覚えたら、好きに演奏もできて曲だって書ける、ということを世界に知らしめたからなんです。それまで音楽なんていうのは自分とは関係のない世界のものだと思っていた人たちに、「なんだ、おれらがやってもいいんだ」と思わせたこと。エンパワーメントってそういうことですよね。

Edited by Toshiya Oguma

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