日本映画史上初の快挙『ドライブ・マイ・カー』、第94回アカデミー賞・作品賞ノミネート全10作品徹底分析

3.『ドント・ルック・アップ』(Netflixにて配信中)


レオナルド・ディカプリオとジェニファー・ローレンスという世界最大のメタファーを持ち出して、ソーシャルメディアで「いいね!」や「ウケる」といった反応ばかりを求めるスマホ依存症の人類をこき下ろすアダム・マッケイ監督の最新作『ドント・ルック・アップ』に関しては、すでに過去の記事で述べたとおりだ。たしかに、マッケイ監督の主張は一理あるかもしれないが、Netflixの人気コメディは環境への配慮が足りないと不平を漏らす(プロまたはそれ以外の)映画評論家たちと同一視するのであれば、監督の主張は正義感と自己防衛が強い印象を与えるかもしれない。同作が本当に抱腹絶倒の鋭いコメディ映画であれば、こうした威勢のいい自己嘲笑は許されるのかもしれないが、同作の切れ味の悪い風刺は、観客を笑わせることにしか興味がないようだ。笑いを求めているなら、『ムーンフォール』(2022年公開予定)を観ればいい。オスカー候補としては大博打のように思えるが、どうなるかお愉しみだ。

4.『ドライブ・マイ・カー』(一部劇場にて公開中)


一部の人たちは、セックス、喪失、ロシアの劇作家アントン・チェーホフの戯曲がテーマの約3時間の邦画がアカデミー賞関連の話題にのぼる、ましてや賞レースに加わり、最有力候補と目されることになると考えただけで、数カ月前からずっと不満を言っている。濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』は、舞台俳優・演出家の男(西島秀俊:彼にはぜひ主演男優賞部門に食い込んでほしかった)が主人公の、優美で静かな感動をたたえた秀作である。主人公の男は、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』の多言語上演に没頭することで悲しみを乗り越えようとする。同作は、映画評論家たちが年末に発表するランキングを席巻し、複数の審査員賞にも輝いた。「レス・イズ・モア」というイデオロギーに忠実な長編映画が文化の垣根を超える誠実なポテンシャルを秘めていると考えるのはユートピア的かもしれない。たとえそうだとしても、さまざまな団体から贈られた賛辞が功を奏し、同作はアートハウス系映画としてはやくもヒットした。それに、このジャンルに加わることで普段は長編の邦画に興味を持たない人も、観てみたいという好奇心に駆られるだろう。同作を待ち受ける栄光には、百倍もの価値があるのだ。『ドライブ・マイ・カー』は、『パラサイト 半地下の家族』(2019)と同様に名画と呼ぶにふさわしい作品である。字幕付きの映画は賞をとることができないと言われるなか、『パラサイト』が成し遂げたことを思い出してほしい。現実は、私たちの予想を超える。夢を持つことくらい、いいのではないだろうか。

5.『DUNE/デューン 砂の惑星』(劇場公開終了)


全宇宙の救世主となる青年が主人公の米SF作家フランク・ハーバートの大人気SF小説をドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が映画化した『DUNE/デューン 砂の惑星』は、監督賞にノミネートされると思っていた。そんな私の予想に反し、審査員たちは同作を作品賞の候補に選出した。先見性あふれるヴィルヌーヴ監督が監督賞にノミネートされなかったのは残念だが、監督が長い歳月を費やして実現した作品が作品賞という栄えある部門にノミネートされるのは喜ばしいことだ。『DUNE/デューン 砂の惑星』は、正統派の叙事詩であり、本気の技術的要素が詰め込まれた血統書付きの大胆な英雄物語である。完璧な作品とは言えないまでも(完璧とは程遠い)、劇場の大画面にふさわしい貴重な超大作であると同時に、真面目に受け止められるべき作品でもある。長期的な投資を行なった後援者たちは、はやくも報われる結果となった。それにこうした称賛は、たとえ同作が作品賞を受賞しなくても、素晴らしい食事の‘スパイス’のような効果をもたらす。ネタバレ:『DUNE/デューン 砂の惑星』が受賞する可能性はほぼゼロだろう。それでも、ノミネート作品に迎え入れられたのは嬉しいことだ。

6.『ドリームプラン』(2月23日公開)


ウィル・スミスは、愛娘のビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹を最高のテニスプレイヤーに育てようと奮闘する頑固な父親兼コーチのリチャード・ウィリアムズを演じ、5人の主演男優賞候補のひとりに選ばれた。スミスは、この役を通じて魅力とじわじわと込み上げてくる怒りを見事に表現し、スクリーン上でいかにも彼らしい存在感を放った(アーンジャニュー・エリスが助演女優賞にノミネートされるかどうかは定かではなかったため、彼女の名前が呼ばれたと知って嬉しかった)。大手映画会社配給の同作もまた、劇場(およびHBO Max)公開当時はほとんど話題にならず、超能力を持たないヒーロー物が好きな人たちというしかるべき観客に訴えかけることができなかった結果、アカデミー賞のダークホースとみなされることが多かった。『ドリームプラン』は、本物の天才を育てている(しかもふたり)と信じながら、あらゆる可能性の扉を叩き、「ノー」という答えを拒絶する男の物語だ。だからこそ、過小評価された同作が猛烈な追い上げを見せてチャンピオン候補にまで上り詰めたことは理に適っている。レイナルド・マーカス・グリーン監督がリチャード氏に捧げたこの自伝的作品の問題点はさておき、ウィリアムズ姉妹を世界的に有名にした父親の野心と意欲を的確に描いていることは認めなければいけない。どうやらリチャード氏の猪突猛進のマインドセットは、映画そのものにも浸透しているようだ。

Translated by Shoko Natori

RECOMMENDEDおすすめの記事


RELATED関連する記事

MOST VIEWED人気の記事

Current ISSUE