日本映画史上初の快挙『ドライブ・マイ・カー』、第94回アカデミー賞・作品賞ノミネート全10作品徹底分析

7.『リコリス・ピザ』(2022年夏公開決定)


ファンキーでどこまでも風変わりな『リコリス・ピザ』は、本当の意味でストーリーのないハングアウト的な映画だ。主演のふたりは、観客にはほとんど馴染みのない役者たちで、ポール・トーマス・アンダーソン監督は、1970年代のカリフォルニア州サンフェルナンド・バレーが舞台のどこまでもスウィートな青春物語を自宅ではなく、劇場のみで上映されることを望んだ。こうした要素はすべて、アカデミー賞という観点から見れば致命的な打撃ともとらえられる。だが、実際はそうではなかった。ロマンチックコメディ的なフラッシュバックとは言い難い型破りな同作は、回想録という意味では『ベルファスト』に近い——たとえ、脚本も手がけたアンダーソン監督が1973年当時はまだ3歳だったとしても。好きな人は、同作をどこまでも高く評価する。それに同作の評価は、時間の経過とともに雪だるま式に大きくなり、アメリカで劇場公開されたクリスマスには、はやくも評価のほうが先立っていたほどだ。それに時折勃発した議論でさえ、同作が話題のダークホースとなることを妨げなかった。もっと上品な作品では、あり得なかったことだ。今回紹介した10作品の中でも、『ドライブ・マイ・カー』の次にぜひとも観ていただきたい作品である。

8.『ナイトメア・アリー』(3月25日公開)


今朝の発表の中でも「なんてこった!」と私を歓喜させた最大のサプライズのひとつは、カーニバルを描いたギレルモ・デル・トロ監督のノワール映画『ナイトメア・アリー』——『パンズ・ラビリンス』(2006)以来もっともパワフルな作品——の作品賞ノミネートだった。米作家ウィリアム・リンゼイ・グレシャムの1964年の小説『ナイトメア・アリー 悪夢小路』を華麗かつダークに映画化した同作は、流れ者(ブラッドリー・クーパー)の主人公がカーニバルの一座の女芸人と関係を持ち、メンタリストとしてのし上がる一方、その過程で魂を失い、無慈悲とは言わないまでも冷酷な男に変わっていく物語だ。たとえあなたがこの血ぬられた男を反射的に拒絶したとしても、デル・トロ監督はあなたが彼と共感することを期待している。コロナ禍の次なるヒットとして『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)と同時期に公開されたこの慎ましやかな秀作は、モノクロバージョン(!)が公開されたことでかろうじて話題にのぼることができた。そんな同作が、作品賞にノミネートされるとは! しかるべき映画には、奇跡が起きることをほぼ確信させてくれた。作品賞に輝くかどうかは重要ではない。ノミネートされたことが勝利なのだから。

9.『パワー・オブ・ザ・ドッグ』(Netflixにて配信中)


作品賞の本命はどれだろう? 答えは、ジェーン・カンピオン監督が米作家トーマス・サヴェージの同名小説を映画化した『パワー・オブ・ザ・ドッグ』だ。同作は、ダンディーという表現がよく合う、蝶ネクタイ姿の真面目で物静かな弟と、木くずと草原の土埃にまみれた、抑圧された粗野なカウボーイの兄を描いた物語で、公開と同時に人々を圧倒し、称賛された。そして、ひょっとしたら意外なことかもしれないが、スクリーンやNetflixのプロモーションによって人々の目を引くようになって以来、ゆっくりではあるものの、着実に勢いをつけてきた。同作では、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー、そしてとりわけキルスティン・ダンストがキャリア史上最高の演技を披露しており、全員が演技部門でノミネートされている。カンピオン監督は、今日の映画監督の中でもとりわけ繊細な仕事をする人物と評価されている。制御された緊張感あふれるストーリーテリング、完璧なフレーミング、巧みなペーシングなどは、十数年ぶりに長編映画に復帰した監督の不在をひしひしと感じさせる。同作は一種のウエスタン(物寂しい草原や地面を踏み鳴らす家畜の群れのシーンが目白押し)であり、多種多様な解釈を可能にする作品でもある。英国アカデミー賞、全米映画俳優組合賞、全米製作者組合賞を受賞したことは、いまさら言うまでもないだろう。賞レースの先頭を走る同作の勢いは、6週間そこそこで衰えそうにない。

10.『ウエスト・サイド・ストーリー』(2月11日公開)


バイブル的存在として崇められるミュージカル作品、真剣勝負に挑む大御所監督、過去の誤りを訂正しつつも新たな緊急性を添えるテクストの再解釈、新たなスター(アリアナ・デボーズに拍手!)、そして「まさに映画!」という感覚を抱かせる高揚感。名作ブロードウェイミュージカルを再映画化した『ウエスト・サイド・ストーリー』は、クリスマス休暇直前にアメリカで公開された当時、期待されたほどの興行収入を上げることもなければ、しかるべき熱狂を巻き起こすこともなかった。だからといって、作品賞にノミネートされたことは少しも意外ではない。秀作がもっと少ない年であれば、あるいは十年前であれば、賞レースを総なめにしていただろう。作品賞の本命ではないものの、ほかの部門で賞を受賞する可能性は大いにある。ノスタルジーの魅力、ひいては2021年らしさが盛り込まれた、華やかでオールドスクールなショービズ界の巧みな描写をあなどってはいけない。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』と比べるとパワー不足、ただそれだけのことだ。

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From Rolling Stone US.

Translated by Shoko Natori

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