絶体絶命のウクライナ音楽シーン、カルチャーを破壊された当事者たちの怒りと絶望

「ロシアを許さない」怒りと憎しみ、祈りの声

今やウクライナの音楽家たちにとって、そうした陶酔の日々は遠い過去のようだ。クラブは閉鎖され、ジミ・ヘンドリックスが愛用したのと同じ型のマーシャルアンプがあることで有名だったハルコフ郊外の森の中のスタジオは、辺り一帯が激しい爆撃に遭っている。「間違いなく音楽はある種のセラピーだ」と言うポーターは、侵攻が始まったときに第2の故郷ポーランドにいた。「子供の頃、人生でどうしていいかわからなくなったときはいつも音楽を頼りにしていた。音楽がつねに助けてくれた。でも今は演奏しようという気分になれない」 Fo Shoに至っては、マネージャーの話では、「攻撃を受けている」最中のためローリングストーン誌の取材には応じられないという。



多くの国々同様、ウクライナの音楽業界、とりわけライブ業界はパンデミックのあおりを受け、ようやく数か月ほど前に営業を再開したばかりだ。普通ならこの時期クルク氏は、6月に国内外のアーティストを迎えて行われる毎年恒例Underhill Festivalの最終調整をしているはずだった。3日間にわたるこのフェスティバルはすでに2万人の観客動員が見込まれていた。だがこのフェスティバルの運命も、また地元アーティストと並んでトゥエンティ・ワン・パイロッツ、ヤングブラッド、アルト・ジェイも出演予定だった夏の風物詩Atlas Festivalの運命も、定かではなくなった。

「今は(フェスティバルのことは)考えていられません」とクルク氏。「どうするかなんて言っていられません。今この瞬間言えるのは、どうすればウクライナを失わずに済むかということだけです」。クルク氏はアーティストからの電話を待つ代わりに、拠点とするウクライナ西部最大の都市、ポーランドとの国境近くのリヴィウになだれ込んできた約10万人の人々のために、住む場所やシェルター探しに奔走中だ。「人生最大のフェスティバルをオーガナイズしているようですよ」

仮にフェスティバルが開催されたとしても、いったい誰がパフォーマンスするのか誰にもわからない。クルク氏は携帯電話のカメラで、Instagram用にウクライナの2つのバンドの写真を撮影した。そのうちひとつはベテランロックバンドのBoomboxで、武器を手に祖国のために戦わんとしている。同じくコナコフも、運営するインディーズレーベルの最新コンピレーションに参加した20人のウクライナのエレクトロアーティスト全員が、何らかの形で戦闘に駆り出されたという。


ボディア・コナコフ(Photo by Alina Gelzina)

国そのものと同じく、音楽シーンも先が見えない状態だ。成長途上だった開放的な音楽シーンの今後を危ぶむ者は多い。「最悪の場合、仮にロシアが勝利したら、音楽も含めウクライナの文化は姿を消すでしょう。この戦争での彼らの目的は私たちの国を滅ぼすことですから」とデニシュウクさんも言う。「大勢のミュージシャン、大勢のバンドが、ウクライナへの愛国心を示してきました。彼らの大勢がここに留まって国を守る覚悟です。ロシアの支配下で彼らの未来がどうなるのか、想像できません」

「アーティストは一人残らず生きていないでしょうね」と言うのは、Onukaのボーカルを務めるナタ・ツィズチェンコだ。現在はキエフ郊外の自宅で、夫と2歳の息子と身を寄せ合っている。「多分10%の人々は、どこにも行く当てがなくなると思う」と言って、さらに冷静にこう付け加えた。「私たちは今、戦争地域にいるのよ。明日も生きていられるかわからない」

仮にロシアに母国を崩壊されたら、留まる理由は見当たらない、とブレナーも言う。彼がギターを弾くヘヴィロック・トリオKatは3月半ばにニューアルバム『Call』をリリースし、その後ツアーを行うつもりだった。そうした計画は、ウクライナの未来とともに乱されてしまった。「親ロシア政権の国で暮らすつもりはないよ」と本人。「絶対に、絶対にありえない。もし国を出ても、友人と同じ町で暮らせる可能性はごくごくわずかだ」

だが、国内に留まるにせよ国外脱出を迫られるにせよ、一部のアーティストはこれまで肌身で感じ、目にしてきた経験をふまえ、悪夢の中から必然的にアートが生まれてくるだろうと感じている。「次のアルバムやEPのヒントがたくさん見つかるわ。過去にも乗り切ってきたし、この先も乗り切っていける」とツィズチェンコは言う。「この経験を生き延びられないなんて、誰にも想像できないもの」

Death Pillのドラマー、アナスタシア・コメンコもこう語る。「命をかけて私たちを守ってくれる英雄や、この恐ろしい戦争を経験した勇敢な一般市民に捧げる曲が出てくるでしょうね。ロシアの戦艦なんかさっさと出ていけ、とか。私たちの音楽は前よりもヘヴィに、怒りや憎しみに溢れたものになると思う。彼らが私たちにしたことは絶対に忘れないし、絶対許さない」



先週DJ Koronovaは夫と10歳の娘と暮らすキエフにいた。侵攻が始まると、彼女は持てる限りの荷物を持って、娘と妹の3人で車を飛ばし、2時間かけてウクライナの自宅からポーランドへ渡った。ウクライナ政府は18~60歳の男性は残って戦うよう命じているため、夫を後に残していかねばならなかった。

ピアノやDJセットなどの仕事道具も置き座りだが、そのことを彼女は全く心配していない。「新しいものを買えばいいわ。大したことじゃない」と彼女は言う(ブレナーは残していったギター類について、「いつか(家に)戻れたらと思う。殺戮者や泥棒がいないことを願ってるよ」)。

この週末、KoronovaはなんとかポーランドでDJする機会を得て、全曲ウクライナ人のエレクトロ仲間の楽曲をスピンした。仮住まいのホテルの部屋で、娘が背後で駆けまわる中、彼女はすすり声を上げ始めた。「みんな無事でいてほしい」

From Rolling Stone US.

Translated by Akiko Kato

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