キッド・カディ初来日 ヒップホップの先駆者による「熱狂のステージ」と「内省の宇宙」

 
オーディエンスとの親密な共有体験

既にお祭り状態の会場だが、前述の通り、今回のツアーのコンセプトはカディの内面を、観客を巻き込みながら探索していくことにある。盟友であるチップ・ザ・リッパーと共に「Just What I Am」や「Hyyerr」といった楽曲で場を大いに盛り上げたかと思えば、「Dive」や「Man On The Moon(The Anthem)」では無限に広がっていくかのようなサイケデリックの宇宙へと観客を誘い、空間ごと飲み込んでいく。盛り上がる時にはサインをサービスしたり、投げキッスをしたり、観客のファッションを称賛する一方で、時には目を閉じて、たった一人で音に身を委ねていく。その鮮やかなコントラストに深く魅入られる。








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前述の映像作品『キッド・カディ: Entergalactic』でも印象的に描かれていたように、カディは自らの内面に広がっていく様々な感情を(ポジティブ/ネガティブを問わず)「宇宙」というモチーフに例えることが多い。観客と積極的にコミュニケーションを取り、喜びを分かち合いながら徐々にディープな空間へと向かっていく今回のパフォーマンスの構図は、まさに彼の中にある「宇宙」をしっかりとその場にいる全員で共有するためのものなのではないだろうか。だからこそ、楽曲自体は極めて内省的なものであるにも関わらず、そこには常にどこか温かみのある手触りが感じられ、観客もその様子を見つめながら緩やかに音に身を委ねていき、いつの間にか居心地の良い空間が醸成されていった。

その感覚は、終盤で披露された代表曲「Mr. Rager」でピークに達する。原曲にもある「全ての僕のような子どもたちに捧げよう(This here is dedicated to all of the kids like me)」というフレーズを叫んだカディは、どうしようもなく孤独な戦いを描いたこの歌を、観客と共に何度も感覚を確かめながら、一緒になって歌い上げていく。2度目のサビでは彼は歌うことをやめ、最後には感覚の赴くままにメロディを奏でていたが、それはこの曲が個人のものではなく、この空間全体のものになったことを示していたようだった。それは極めてポジティブで感動的な体験であり、その後の本編最後、デヴィッド・ゲッタとの「Memories」から代表曲「Pursuit of Happiness」のスティーブ・アオキによるリミックスバージョンという超アッパーな流れは、まるでこの共有体験を成し遂げたカディと我々による祝祭のようだった。

熱烈なアンコールに応えて戻ってきたカディは、クライマックスを目前にしても、カディは観客とのコミュニケーションを欠かすことなく、セルフィーを撮ったり、気になる観客を見つけては声を掛けたりと忙しない。そうして迎えたラストに披露されたのは、再びデビュー・ミックステープからの「The Prayer」と、2015年に自身のSoundCloudに公開されて以来、隠れた名曲として愛されてきた「love.」というファン泣かせの2曲だった。ただ、これは単なるファンサービスというわけではなく、今回の来日公演を締めくくる上でのベストな選択肢といえるだろう。「The Prayer」は(自らの死後も)その楽曲が長く愛されることを願う楽曲であり、「love.」はキャリア史上最も純粋に、優しく、相手を肯定し、愛の素晴らしさを歌ったものなのだから。自らをさらけだし、様々な苦難を乗り越えてきた今の彼が歌うからこそ感じられる圧倒的な普遍性と説得力に、会場はこの日最大の感動に包まれ、惜しみない称賛を贈った。

終演後に残っていたのは、どこか温かい、それでいて憑き物が落ちたかのようなスッキリとした気分だった。手を差し伸べられ、共に自らを見つめ、心から繋がることが出来たような感覚は、これを書いている今も自分の中に残っている。あの日、私たちはやっとキッド・カディを体験することが出来たのだ。

【関連記事】キッド・カディが語る『Entergalactic』に込めた情熱、自分の運命と未来へのビジョン




キッド・カディ
『Entergalactic』
配信中
再生・購入:https://umj.lnk.to/KidCudi_Entergalactic




 
 
 
 

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