テイラー・スウィフト『Midnights』 深い夜の世界へいざなう最新作を徹底レビュー

収録曲を深掘り 心の内を表現するテイラー

3曲目の「Anti-Hero」は、まさにテイラーのポップ・ミュージックの楽しさを象徴するトラック。ニューアルバムの中でも傑出した存在感を放つこの曲は、今作のリードシングルとなることが決定している。「Anti-Hero」の中でテイラーは自分という敵と対面し、『Red (Taylor’s Version)』(2021年)のカギを握る「Nothing New」や『Lover』に収録された過小評価気味の「The Archer」にも共通する「ピークを過ぎた」ことへの不安にさいなまれる。「Anti-Hero」には、“時おり、誰もがセクシーなベイビーに見えることがある/そんな私は丘の上に立つ怪物”のように、ハッとさせられる内容の歌詞が登場する。だが、“街をぶらつくには有名になりすぎた/それでもお気に入りの街にふらふらと吸い寄せられてしまう/心には穴が空いているけれど、それでも生きている”という歌詞はきわめて内省的であると同時に、「Blank Space」で見せたような自分とメディアへの皮肉が感じられる。それに加えて、架空の義理の娘に遺産目当てで殺される夢を見る、という妄想には悪魔的でありながらも心惹かれる要素がある。このようにテイラーが心の内を表現するのはとても珍しい。



5曲目の「You’re on Your Own, Kid」では、胸をえぐられる辛辣さとともに、セラピーのように“自分自身の内なる子供”と向き合う(テイラーのアルバム5曲目は決まって壊滅的な心理状態を描いている、というのはファンのあいだではよく知られた話だ)。ゆっくりと燃える炎のようにノスタルジックなこの曲は、夜に頭の中に忍び込んでくる過去の人間関係への言及とともに始まる。それは、名もなき町のティーンエイジャーからポップスターとしてスポットライトの中心に躍り出たテイラーが、過去の恋を振り返る感動作「Teardrops on My Guitar」のような曲の裏側を見ているかのようだ。「You’re on Your Own, Kid」で若き日のテイラーは、“いまの人生から抜け出せる最大のチャンス到来/さようなら、デイジー・メイ”と決心すると、駐車場で歌っていた曲とお金をまとめて町を出る。その次の「Midnight Rain」のテイラーは少し成長し、恋に疲れている。この曲のテイラーはタイトルの“真夜中の雨”そのもので、幸せな家庭を築くことよりも自分のキャリアを夢中で追いかける。その結果、小さな町の青年を傷つけてしまうのだ。

「Vigilante Shit」と「Karma」は、今作唯一の攻撃的なトラックだ。どちらも「My Tears Ricochet」や「This Is Why We Can’t Have Nice Things」よりもメロドラマの要素は少なめだが、自分を傷つけた過去の恋人が自ら破滅の道を辿る様子を見つめている。ダークでポップなこの曲は、テイラーの友人であるロードのムーディーなデビューアルバム『Pure Heroine』(2013年)を想起させる一方で、テイラーがこの6年にわたって敵対関係にあると言われている3人の歴代ボーイフレンドのひとりへの当て擦りともとらえられる。歌詞の中でテイラーは恋人の元妻のひとりを味方につける。テイラーが歌詞の中でコカインに触れているのは、全ディスコグラフィーを見渡してもこの曲だけだ(“あの人が薬物をやりながら/私の人生を踏みにじっていたとき/誰かがあの人のホワイトカラー犯罪をFBIに伝えたの”)。

対する「Karma」は、「Vigilante Shit」よりも陽気で痛快な復讐劇を描いている。この曲でテイラーは、元恋人が報いを受けることを嬉々として歌う。“カルマは私のボーイフレンド/カルマは神/カルマは週末に私の髪を揺らすそよ風/カルマは安らぎを与えてくれる思い/羨ましいでしょう? どうやらあなたにとっては違うみたいだから”と歌う「Karma」は、ささいなことに捧げられたラブソングだ。

Translated by Shoko Natori

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