ブライアン・イーノが最新作『FOREVERANDEVERNOMORE』をリリース。アンビエント・ミュージックの提唱者による17年ぶりのボーカルアルバムについて考えた、若林恵(黒鳥社)による仮想対談をお届けする。(協力:佐藤優太、小熊俊哉)『FOREVERANDEVERNOMORE』はイーノのプライベート・スタジオにて、Dolby Atmosによる立体音響を想定して作曲・制作が行われた。「私は三次元音楽と呼ぶ音楽に長年にわたって取り組んできましたので、とてもエキサイティングに感じています」と本人もコメント。ツンドラのような冷たさ─最新作『FOREVERANDEVERNOMORE』がリリースされて3週間ほどが経ちますが、評判は悪くなさそうですね。そうですね。現在の世界の状況に対するイーノからのステートメントとして、上々の評価のように感じます。
─地球環境をめぐるステートメントというということですよね。はい。まずはアルバムのアウトラインを理解していただくためにも、いくつかの主要メディアにおけるレビューを見てみましょうか。まずは、
The Guardianが10月15日に掲載したレビューです。
イーノの22枚目となる新作は、環境破壊を感情的に表現している。うねるようなサウンドスケープは憧れと驚きに満ちている。と同時に、悲嘆に胸を締め付けるようなエレガンスもある。「There Were Bells」は、2021年にアテネのアクロポリスで行われたイベントのために作曲され、気温45度の猛暑のなか初演された。「文明の発祥の地で、その終焉を目の当たりにしているような気がした」とイーノはその日を回想している。 イーノは、怒りや後悔の念を波立たせながらも、深く威厳のある声をもってカメレオンの皮膚のような輝きを放つ。娘のダーラがボーカルを務める豪奢なシングル「We Let It In」は、瞑想的な宝石のようだ。イーノが歌うのを聞くのは感動的だ。これらの曲は個人的で親密で、同時に切迫感を与える。『FOREVERANDEVERNOMORE』には盟友のレオ・エイブラハムズ、ジョン・ホプキンスに加えて、音楽家兼ソフトウェア・デザイナーのピーター・チルヴァース、ボーカリストのクローダ・シモンズ、弟のロジャー・イーノ、姪のセシリー・イーノ、娘のダーラ・イーノが参加。国内盤パッケージは、環境アクティビストでもあるイーノのメッセージを込め、リサイクル素材と堆肥可能素材を使用。─いいですね。聴きたくなります。さらに、
The New York Timesが10月13日に掲載したレビューはこうです。
74歳になったイーノは、賢人のようなストイックな余裕を身にまとっている。この最新作は、イーノがすでに地球の状態に懸念を抱いていた2005年にリリースされた歌中心のアルバム『Another Day on Earth』の宿命的な続編のような作品となっている。本作は、イーノはパーカッシブなサウンドをサステインに置き換え、ほとんどの曲で長いドローンを使用し、古代の神秘的な音楽の伝統を反映する。 イーノはゆっくりとした聖歌のようなフレーズを歌い、歌詞は鮮明な子音よりも開放母音を好む。ギタリストのレオ・エイブラハムズはしばしば「ポスト・プロデューサー」としてクレジットされているが、彼のプロダクションは、すべてのトラックにおいて、まるで虚空を見つるかのような広大な知覚空間を開いていく。
最新作における自身のボーカルについて、「私は自身のアンビエントのバックグラウンドにも頼りながら、新しい歌、これまで聴いたことのなかったタイプの歌を作ろうと試みています」とイーノはコメント。─地球環境の問題を、惑星規模のスケールで、しかも、古代から現代へと連なる長い時間感覚において音楽がイメージされているということですね。そうですね。でありながら同時に内省的であるところもポイントだと、
NMEは10月12日のレビューで指摘しています。
『FOREVERANDEVERNOMORE』は、慰めを与えるアルバムでも絶望を与えるアルバムでもない。むしろ、このふたつの間にある広大な距離を探り、混沌のなかに安定を見出す手段として内省を利用する。このアルバムは、人類の広大な存亡の危機に対する結論や解決策を提示するものではないが、私たちがそれらに取り組むためのスタートを切るための基礎となるものを示してくれる。─地球環境をめぐる壮大な作品でありながら、明示的な感情やメッセージは必ずしも表出されていないということですね。そうなんです。本作を「親密な作品」と捉えるレビューもないわけではないのですが、
10月18日のPitchforkのレビューの以下の指摘の方が、作品のトーンを正確に語っているのではないかと感じます。
『FOREVERANDEVERNOMORE』の不思議なところは、その音楽から醸し出される温もりや気まぐれさのなさにある。イーノの最も重要なボーカルベースの1975年のアルバム『Another Green World』でイーノは、世界のさまざまな地形や生態系を「ポップ」な曲を通して斜めから映し出した。それから約50年後、彼は地球を明示的に描くが、そのサウンドは、まるで氷に閉ざされたツンドラのようだ。─『Another Green World』の人懐っこさや丸みがなく、ひんやりと冷たいテクスチャーだと。はい。そこは一聴して気になったところなんですね。イーノ特有のモヤった感じ、人肌感がなく、今作はやたらとクリスタルクリアなサウンドに終始していまして、それそれでもちろんクールでカッコいいのですが、微妙に違和感を感じたところです。そして、これはPitchforkが指摘していることですが、イーノが本作をリリースするにあたって発表した375ワードのステートメントのなかで、実に13回も「feelings=感情」ということばを使い、さらにアーティストというものが「『感情の商人』である」とさえ語っているのですが、そのことと、ツンドラのようなサウンドの冷たさの距離が気になるんですね。
─ヘイリー・ウィリアムス(パラモア)のポッドキャストのタイトルがそのまま「Everything is Emo」だったりしまして、「エモ」ということばが何かと使われる時代ですが、そこだけ読むと「イーノもエモかよ」となってしまいそうですが、どうなんでしょうね。そこをどう考えるかはまさに本作の重要なポイントだとは思うのですが、確かにいまの時代は「感情」の時代だというのは間違いないと思うんです。とはいえ、これまでのイーノは、ポップスやアンビエントとスタイルはさまざまですが、そうした「感情」といったものを切り離して、音そのものと自分の関係──つまり環境──にフォーカスした作品をつくってきたという気もしますので、正直イーノが「感情」を語ることには驚きと戸惑いもありますが、ここではむしろ、そのイーノをして「感情」を語るほどに、「感情」というものが時代の中心的な主題になっていると考えるべきなのかもしれません。